佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
外国人ヤクザ射殺事件
国際化の進展に伴って、来日外国人が増加し、それだけに外国人犯罪も急増している。
東京・霞が関の裁判所ビル１階ロビーの案内係の前にカウンターがある。その上に、東京高裁や地裁、簡裁で当日行われる公判の開廷表が置いてあり、開廷する法廷の部屋番号、被告名、罪名などが書かれている。
２０ページぐらいにまとめられている開廷表をめくって、弁護士や証人などの関係者が法廷の番号を確認したり、学生らしき傍聴者も“おもしろそうな事件”はないかと見入っている。
最近は、外国人の長いカタカナ名前や中国系と思われる被告が多い。罪名は覚せい剤などの薬物犯罪とか、不法残留が目立つ。なかには、殺人とか強盗、強姦といった凶悪犯罪もある。
１９９１年１０月２３日、東京地裁の開廷表の中に、ヤクザのジョーと呼ばれる被告の名前があった。３５歳のフィリピン人である。
同年７月、同国人を殺して逮捕されたのだが、外国人組員という物珍しさもあってか、「ヤクザに新顔」「ヤクザも国際化」などと話題になった事件である。その後、取り調べの中で、殺人のほかにも２件の宝石店強盗を行ったと自供した。
被告席についたジョーは、中肉中背で髪は短くカットし、浅黒く精悍な顔つきをしている。傍聴席には、同国人らしい中年の女性が３、４人、来ている。検察官の冒頭陳述や被害者の話によると、ジョーの犯罪は次のようなものだった。
ジョーは、マニラで生まれ、大学に進学したが、成績不振で２年で中退し、保険会社のセールスをしていた。内妻と９歳の男の子がいる。８９年、かれの家の間借り人の持ち物を勝手に持ち出そうとした犯罪組織の男を射殺する事件を起こした。しかし、遺族と和解が成立し、罰金刑でおさまった。また、覚せい剤事件で２回逮捕されている。
初来日は、８３年１０月、父親名義のパスポートで稼働目的で来たが、少し働いただけで、芸能プロモーターをしていたフィリピン人から、「いい日本人だ」と紹介されたボス（暴力団組長）のところへ行く。８５年３月、強制送還されるが、１カ月ほどして、本名のパスポートで舞い戻り、１カ月ぐらいボスのところにいて、フィリピンに帰国する。これらを含めて、５回目の来日が９１年３月であった。
母親名義のパスポートを使い、アメリカに行くと偽って、途中の成田で寄港地上陸し、そのまま日本に滞在する。東京・赤羽の建設会社で働き、会社の寮に住んでいた。６月になって寮を出て、ボスの事務所を訪ねる。
ジョーが事務所に寝泊まりするようになって間もなく、ジョーはどうもボスが金に困っているらしいと思った。ボスの窮状を救って、ヤクザとして男をあげたい。
そこで、同年７月１日、事務所に置いてあった中国製自動装填式拳銃・トカレフを使って、みずから進んで、開店直後の午前１０時過ぎ、東京・赤羽の宝石店に押し入る。
店内にはすでに客が２人いたが、ジョーは茶色の背広にネクタイをしめ、ネズミ色のズボン、手にはアタッシュケースを持っている。店内を歩き回り、商品を細かく見た。しばらくすると、２人の客が帰った。
「ジパンシーの時計がほしい」と、女性店員に声をかける。「カタログがありますから」と女性店員がカウンターの中に入ると、ジョーもついていく。「ここに入ってはだめ」といわれると、ジョーは回れ右をして出ていくと見せかけ、すぐに、くるりと振り返った。
ズボンのベルトの前部に差し込んでいた拳銃を取り出して、遊底を引いた。「静かにしろ。抵抗しなければ何もしない」と日本語で脅す。店内には、ほかに、女性店員と年配の男性経営者がいた。
ジョーは具体的に品物を指示し、女性店員に持ってこさせる。指輪、時計などあわせて１４２点、仕入れ価格にして約２６００万円相当をアタッシュケースに詰め込んだ。店の奥のドアを開けて、３人をそこに閉じ込め、逃げだした。
盗品とトカレフは、ボスに渡した。
７月１４日夜、前の強盗で使ったトカレフはボスが処分したというので、やはり、事務所にあった回転式拳銃を持って、強盗に入る場所などを物色に行く。地下鉄池袋駅地下のコインロッカーの中で、拳銃を１回試射して、使えることを確認した。
１５日午前零時過ぎ、ＪＲ日暮里駅の事務室に押し入り、駅員に拳銃を突きつけて、現金を奪おうとしたが、駅員に逃げられた。そこで、いったん、事務所に戻る。
改めて、その日、１５日午後８時ごろ、閉店支度をしていた東京・上野の宝石店に押し入る。店のシャッターは完全におろされず、下のほうがあいていて、外に明かりがもれていた。
ジョーはシャッターを押し上げながら、後ずさりするような格好で店内に入る。持っていた紙袋からセカンドバッグを取り出し、その中から拳銃を手にした。いあわせた４人の店員のうち、男性店員の首筋に銃口を押し当てた。
「お金、ネックレス、指輪、この中に入れて、冗談じゃないよ」とゆったりとした日本語で脅し、持参の紙袋の中に、現金約７３６万円と指輪など２０９点（仕入れ価格約６１００万円相当）を入れさせた。「地面に伏せろ」「椅子に座れ」などと命じて逃走した。
７月１９日夜、ジョーはまたもや強盗をする場所を探しに、町に出た。もちろん、強盗用に回転式拳銃を持っている。しかし、適当な場所が見つからない。
２０日午前２時過ぎごろ、同じ建設会社で働き、寮も一緒だったフィリピン人のウイリー（３０歳）のことが頭に思い浮かんだ。そこで、寮に行き、射殺する。午前３時ごろだった。
射殺した理由は、ジョーが工事現場で足場に上がって作業しているとき、足場を揺すられるなど危険な目にあわされたので、機会があれば殺してやろうと思っていた。
また、「やる時はやるのが男だ。それがヤクザだ」とボスはいつもいっていた。ヤクザの一員として、殺人をやれば、ボスも自分に対して一目置くのではないかとも考えたからだ。
その後、事務所に戻ったジョーは、この殺人事件をボスに報告し、使った拳銃も返した。ボスは、この拳銃を事務所前の外廊下にあるガス・水道メーターのところに隠した。
「ヤクザとして男をあげたい」と親分思いの強盗までしたのだが、途中で、ジョーの供述が変わる。
「捕まったときは、日本の警察を信用しなかった。もしかすると、フィリピン警察の一部の者のように、ヤクザと関係があるのではないかと思っていた。だから、本当のことを話すと、組から狙われて自分の命が危ないと思った。
しかし、日本の警察がヤクザとつながっていないことがわかった」ので、本当のことを話すとして、強盗は自分の意思でやったのではなく、ボスから指示されたと、次のように具体的に述べた。
９１年６月中旬ごろのこと。事務所にいたのはジョーとボスの２人だけだった。
「金がなくて困っている。急いで４、５００万円必要だ。何か金ができる方法はないかなあ。ジョー、銀行、ホールドアップできるか」
「銀行強盗は１人では自信がない。逃走車両や運転手、見張り役がいなければ成功が難しい。でも、宝石店ぐらいなら私１人でできる」
「強盗の道具は何を使う、ジョー」
ボスは事務所にある大型ナイフやスタンガンを見せた。
「強盗の道具はチャカ（拳銃）がいい。チャカなら確実に人を脅かせる。ナイフ１本では、私がやられてしまうかもしれない」
「チャカいいよ。事務所の近くにいつもチャカ置いてあるんだから。ジョーが本気で強盗やる気になればチャカ貸してやる。リボルバーかオートマチックか、どちらがいい」
「チャカであればなんでもいい」
ジョーは答えた。ジョーは将来ヤクザの幹部になりたいと本気で思っていたので、ボスの信頼を得るために強盗しようと決めた。
６月２０日ごろ、ボスが銀色のトカレフを事務所に持ってきた。その後、２日ぐらいたってから、トカレフを渡され、「ジョー、きょう、出かけるの」と強盗することを促された。
しかし、うまくやる自信がない。トカレフの撃ち方にも不安があったので、とりあえず、赤羽の寮に行った。そこでトカレフを操作してみたが、引き金が動かない。結局、この日はそのまま、午後１０時ごろ、事務所に戻った。
「ボス、このチャカ、弾出ないよ。強盗できなかった」
「チャカは本物だ。間違いなく弾は出る。お前はバカなんだ。ほんとうは、おまえ、ぶるっちゃったんじゃないの。明日、このチャカの試し撃ちを事務所でやろう」
翌日の午後２時過ぎ、ボスの立ち会いで、押し入れの中で板に防弾チョッキをかぶせ、ジョーが試し撃ちをした。弾はチョッキを貫いていた。
その数日後、ボスから「本当に赤羽にいい店あるの。高いものあるの。チャカはあるよ」と、また催促され、７月１日の朝、ジョーは拳銃に弾を７発入れて事務所を出た。
それから、ボスの指示で赤羽の強盗をやり、上野の強盗のときも、「宝石を処分して現金にするのは時間がかかる。宝飾品を換金しても値段の半分にもならない。やはり、現金がいいね。ジョー、ホールドアップやってくれ。宝石店が閉店した後がいい。店に売上金が置いてあるから」とボスからいわれ、２回目の強盗を行った。
ざっと、こんな話であった。
ジョーのボスは、すでにジョーが使った拳銃の所有者として逮捕され、「銃の出所まで話すとは思わなかった。外国人には義理も人情もない」と嘆いていたと事件当時報道された。
９１年１１月２６日、その組長（５０歳）がジョーの公判で証人として出廷した。小太りの体で、困惑しきった口調で証言した。
検察官が組長に聞く。
──被告をしっていますか。
「本名はしらないが、われわれはジョーと呼んでいました。組員ではなく、私の組には所属していません。ただ、日本に来てから、私の身の回りに使ったり、ボディーガードとして使っておりました」
──７月１日の赤羽の強盗の件については、どうですか。
「７月２日にアタッシュケースに入れて持ってきて、『ホールドアップした』というので、宝石などを見せられました」
──拳銃もそのとき、返されていますか。
「はい。そのときだと思います」
──その拳銃はトカレフですか。
「はい。私が、最初、（回転式拳銃と）２丁持っていたのは間違いありません」
トカレフは事務所の椅子の下に隠してあり、ジョーもしっていた。
──被告に、『金に困っているから、ホールドアップできないか』といったことはないですか。
「していません」
──７月２日、被告がアタッシュケースを持ってきたとき、どう思いましたか。
「びっくりして、そういうことをなんでやったんだといいまして、７月３日の朝、捨てました」
事務所の前にあるごみ集積所に、アタッシュケースとトカレフをビニール袋に入れて捨てた。
──高価な宝石類だから、換金しようとは思わなかったのですか。
「そういうどころじゃない。びっくりしちゃいまして」
──どうして。
「アシがつくのが目に見えてわかりますから」
──被告に何かいいましたか。
「二度とこういうことをするなといいました」
──７月１日の強盗の前に、トカレフを渡して、事務所内で試射させたことはありませんか。
「そういうことはありません」
しかし、実際は、ジョーが勝手に試射したことはあった。
──現金などを強奪してこいといったことはありますか。
「いっておりません」
──７月１５日の強盗の件ですが、強奪した現金などを、あなたに持ってきたことはありますか。
「そういうことはありません」
──７月１５日の強盗での盗品は、どのように処分したのかしっていますか。
「渋谷にいるフィリピン関係者あたりにしたのではないかと思いますが、はっきりしりません」
──単なる想像ですか、何か根拠がありますか。
「７月１５日というと、私とジョーたちで渋谷に行ったことがありますから」
続いて、弁護人が組長に尋ねる。
──被告が試射したのは見ていたのですか。
「しりません」
試射したのは、６月の終わりごろだった。
──被告はなんのために、試射したといっていましたか。
「しりません」
──証人は聞かなかったのですか。
「防弾チョッキに穴があいていました。それで、何でそんなことをしたのかといいました」
──被告は何といっていましたか。
「ボス、すみませんといいました」
──なんのために試射したのですか。
「ただ、ボス、すみませんといっていました」
──普通だったら、理由を聞くんじゃないですか。
「フィリピンでは、ジョーが拳銃を扱ったり、撃ったりしているから、そこまで聞きませんでした」
──７月１日の強盗の件ですが、なぜ、拳銃を捨てたのですか。
「部屋を撃ったり、ホールドアップしたから。そういうものは、われわれは使わないから。ジョーはもったいないといっていましたが」
──２件の強盗は証人の指示だと、被告がいっていますが、なぜ、そういう嘘をいうと思いますか。
「それはわかりません」
──被告は、なぜ、２回も強盗をしたと思いますか。
「自分のためにやったと思います」
──それなら、事務所に盗品を持ってくるのはおかしいんじゃないですか。
「１回、そういうことがありましたが、その後はしりません」
──７月１５日以降、被告に金をやったことはありますか。
「あります。７月１８日か１９日に３５万円やりました。私の親分筋から３５０万円の仕事があって、その１割をやりました」
裁判官も詳しく尋ねるが、そのポイントは、次のようなやりとりだった。
──拳銃を自由に使っていいといったことはありますか。
「ないです。ハジキは私の護身用ですから」
──アタッシュケースを、なぜ、証人が捨てたのですか。
「持ってきたものを、返すわけにはいかないから」
──リボルバーは、なぜ捨てなかったのですか。
「暴力団ではなく、ヤクザとしてのあれもありますから。道具をつけて自首させるので。３人も４人もそうさせたことがあります。７月３１日の私の誕生日が終わってから、自首させようと思って、置いておきました」
しかし、ジョーは７月２５日に逮捕され、拳銃の入手先を自供したので、組長自身も誕生日の前日に逮捕された。
１２月１８日の公判は、ジョーの被告人質問である。まず、弁護人が尋ねる。
──ウイリーのときの拳銃は、どこから持ち出したのですか。
「貸してもらったものです」
──組長の承諾を得ましたか、それとも無断ですか。
「ちゃんと使わせてもらいました」
──ウイリーを殺す気になったのは、なぜですか。
「フィリピン人の仲間２人にしたことをやめるようにいったのですが、やめなかったからです」
──具体的には、どういうことですか。
「仕事の面で、いつも仲間が不利でした。仕事をしないと、給料もらえないことになっているけど、つらい仕事がくると、仲間の２人がやるようになっていました」
──警察や検察庁の調べのときには、ウイリーが、君に対して大変な仕事を押しつけていたので、日ごろから憎んでいたといっていますが。
「２人の仲間に対してです」
──そのような理由で、人を殺すというのは理解できないのですが。
「自分がおかした殺人を認めましたが、理解してくれなければしようがないと思っています」
──殺さないで、拳銃で足を撃つなどということは考えませんでしたか。
「あのとき、考えることはできませんでした。そこについたとき、かれが繰り返しやっていたことが私の頭の中にあって、やりました」
──ウイリーを撃った後の気持ちは。
「別に、特に何もありませんでした。頭が少し混乱していたので」
──警察、検察庁の調べで、ウイリーに申しわけないといっていますが、いまも変わりませんか。
「はい」
──強盗は組長の指示ですか。
「はい」
──組長の証言は真実ですか。
「いいえ」
──どこが違いますか。
「多くあります。アタッシュケースは、ボスが捨てることはできなかった。あとで、私が捨てました」
──７月１５日の事件の現金約７３６万円はどうしましたか。
「すべて、宝石も含めて、ボスに渡しました」
──７月１９日、フィリピンに２０万円を送金していますが、この２０万円はどうして入手したのですか。
「ボスにもらいました」
──金をもらう理由は何ですか。
「お金が必要かと聞かれたとき、ええ、と答え、いくら、何に使うのかといわれ、テレホンカードが必要といったら、テレホンカード１００枚と一緒にお金もくれました」
──２０万円は強盗をしたお礼の金ですか。
「そうかもしれません」
ボスの証言では３５万円を渡したというが、そのうちの２０万円なのだろうか。ジョーは、毎週３万円から５万円の小遣いをボスからもらっていたが、このようにまとまってもらうことはなかった。
──ヤクザの組に正式に入ったことはありますか。
「わかりません。どのようなことが正式に入ることなのかわかりません」
──あなたは、左の人さし指を切っていますね。どういう理由からですか。
「ずっとボスと一緒だったので、間違ったことをすると、切らなければならないということで、私もやりました」
──組長が切れといったのですか。
「いえ、ボスは何もいっていません」
──自分の判断で切ったのですか。
「私はいろんなことをやっていて、切らなければならないと感じて切りました」
７月１８日の深夜、事務所で包丁を使って人さし指の第一関節から切り落としたのである。その理由はいえないと述べたが、どうやら、ボスの素振りから、以前、拳銃の密輸に失敗したことや、マリファナをフィリピンで購入するとき、高いものをつかまされた責任をとれと示唆されているように感じたようだ。
また、左手の小指も詰めているが、これはボスに注意されたにもかかわらず、二度も覚せい剤を使用したので、詰めたのである。
──奥さんから、手紙をもらいましたか。
「はい」
──早く帰ってきてほしいとはいっていませんでしたか。
「早く帰るようにいっていますが、早く帰れる見通しはないということをいいました」
検察官も厳しく問いただす。
──組長から強盗を指示されたというが、どのようにいわれたのですか。
「事件の前、何日もボスと話しました。お金の悩み、何をやるか、何を使うか、拳銃にするか、ほかのものにするか、強盗をほんとうにやれるのかなどやりました」
──日本語でやったのですか。
「はい」
──日本語は普通の会話程度はできるのですか。
「少しできます」
──強盗の話を理解できますか。
「はい」
──たとえば、この法廷のやりとりを通訳を介さなくても大体理解できますか。
「すべてではありません」
──組長から、強盗してこいと具体的にいわれたのですか。
「はい。それについても話をしています」
──７月１日の強盗の後、しりあいの人に、宝石あるが買わないかという話をしたことはありませんか。
「１人の友だちにいったことはあります」
──どうして、そのことを友だちにいったのですか。
「１５０万円ぐらいお金が必要でした。１５０万円から２００万円ぐらい貸してくれれば、担保として宝石を５００万円分ぐらい預けてもいいといいました。すると、盗んだものじゃないかといわれたので、いや、香港からのもので、２００万円ぐらいでなら売ってもいいという話をしました。
しかし、その話をボスにいったら、売ったらアシがつくかもしれないので危険だといわれ、だめになりました」
──組長は、７月１５日の強盗はしらないと話しているが、ほんとうに組長のところに、宝石と現金を持っていったのですか。
「はい」
──７月１５日の盗品は、組長に持っていかずに、自分で処分したのではありませんか。
「そのようなことはありません。そんなことをしたら、自分がもっとひどい目にあいます。思い浮かんだこともありません」
──日本のヤクザの組で偉くなりたいと思っていたのですか。
「それが理由の１つかもしれませんが、フィリピンに帰っていたのが長い期間だったので、もうかれらの仲間に入っていないと同じだと思います」
──ウイリーから仕事中に脅されていたとか、具体的には作業現場で高いところにいたとき、ウイリーから足場を揺すられたということをいっていますが。
「それから、重い荷物を渡されて、突然、かれが手を離すとか」
──実際に、そういうことがあったのですか。
「はい」
──ウイリーはどうして、そういうことをやったのですか。
「私にはよくわかりません。私たちが新人だからかもしれません」
──仕事をさぼったので、そうされたのではありませんか。
「これらのことが起きたときは、毎日、仕事に行っていました」
──それで、ウイリーを怒る気持ちになったのですか。
「はい」
ジョーの公判も証拠調べを終わり、９２年１月３０日の公判は、検察側の論告・求刑、弁護側の最終弁論の予定だった。しかし、どういうわけか変更されて、被告人質問が再度行われた。
実は、前回公判終了後、ジョーが裁判所や弁護人に手紙を出した。その内容は、これまでの供述はでたらめだったので、「もう一度、話を聞いてほしい」と訴えていた。ここで、ジョーはどんでん返しの供述をしたのである。
弁護人が最初から事細かに聞いていく。
──赤羽の強盗事件での宝石は、組長に渡したというが、２回目、上野の強盗の現金と宝石はだれに渡したのですか。
「ウイリーに渡しました」
──以前は組長に渡したといいましたが、なぜ、ウイリーに渡したのですか。
「以前から話があったので」
──この事件にウイリーは関係しているのですか。
「はい」
──どういうふうに関係しているのですか。
「２人の計画でした。私が強盗して、とったものを２人で分ける計画でした」
──とったものを分けて、どうするつもりでしたか。
「フィリピンに送ります」
──ウイリーとは、強盗について、どのような内容の話をしましたか。フィリピンにいたとき、ウイリーと日本で強盗しようという話はありましたか。
「ウイリーは、私が日本で働けるように、フィリピンでかれの上司に推薦もしてくれ、航空券もその上司が用意してくれました。フィリピンからウイリーがピストルを持ってくることになっていました」
上司とは、ジョーやウイリーがいた赤羽の寮を持っている建設会社の社長のことだ。
──フィリピンで話したとき、あなたが強盗し、ウイリーはしないということだったのですか。
「ウイリーが誘っている人には、そのようにいっています。私に対してもそうでした」
──実際に強盗するのはあなただが、そうすると、損をするのではありませんか。
「いいえ。私が日本にこれるようにしてくれたのは、ウイリーです」
──分け前はどうするということでしたか。
「私がもらうのは、３分の１だけです」
──ウイリーが７割近くをとるということですか。
「かれにもいろいろな人がいます。フィリピンへの送り方をしっているのもウイリー」
──３分の２をウイリーがとって、ほかの人にも分けるということですか。
「はい」
──これまで、組長の指示、あるいは組長のためにやったといっていましたね。
「前にはそういいました」
──それは嘘ですか。
「ボスが赤羽の強盗の宝石を捨てたことでイライラして、あのようにいいました」
──組長に腹が立っていたので、組長の指示でやったといったのですか。
「はい」
──ウイリーを殺した理由は何ですか。
「上野でとったものの中の、私の分け前をくれないから」
──赤羽の寮に行ったとき、ウイリーと話しましたか。
「はい。でも、ほんの少しだけしか話しませんでした。すぐ、ウイリーが後ろを向いて、『ない』といったので」
寮の部屋に入ったとき、ウイリーは二段ベッドの上段で横になり、テレビを見ていた。「ウイリー」とジョーが声をかけると、「ない」とウイリーが答える。その直後、ウイリの後頭部１０センチぐらいに近づけた拳銃を発射した。
──ウイリーの部屋に行った目的は何ですか。
「決着をつけようと思って。話が進まなかったら、殺そうと思っていました」
上野の事件後、ウイリーに会って分け前の話を持ち出したが、「赤羽の分を持ってくれば、分け前をやる」という。「ボスに渡した」といっても信じてくれなかった。
──どうして、真実をいう気になったのですか。
「気持ちが軽くなるように、自分の良心の呵責がすごく重いので」
続いて、検察官が質問する。
──いつごろから、真実を話そうと思っていたのですか。
「ずっと前から思っていましたが、実際、ボスに法廷で会って、その気持ちがもっと強くなりました」
──組長からいわれたのではないですか。このように話せと。
「いいえ」
──真実を話しているわけですか。
「はい」
──強盗の拳銃は、組長に断って持ち出したのですか。
「ボスには、使うんだと、ちゃんといいました。その理由は、私に敵がいるからといいました」
──７月１日の赤羽の強盗で奪った宝石ですが、いったん、ウイリーのところに持っていったのですか。
「はい」
──なぜ、赤羽の宝石は、ウイリーと被告の２人で分けなかったのですか。
「その日の朝、ウイリーは仕事中だったから」
──ウイリーがいなくて、宝石をどうしましたか。
「もしかしたら、ここで高く売れるかもしれないと思いました」
──ここでとは、日本という意味ですか。
「日本です。日本で売れたら、すぐにお金になる。わざわざフィリピンに送るのは損だと思いました」
──それで、組長のところに持っていったわけですか。
「はい」
──当時、被告はいくらぐらいお金が必要でしたか。
「フィリピンでの借金が多く、２０万ペソ（約８０万円）ぐらい。そのほかにも、借金はありました」
──ウイリーには、いつ、組長に宝石を渡したと話しましたか。
「２日後です。ボスが怒ったことも話しました」
──それに対して、ウイリーはどのようにいいましたか。
「ウイリーは怒って、信じてくれませんでした。私が独占しようとしているのではないかと」
──上野の強盗の前に、また、ウイリーと強盗の件を話しましたか。
「信じてもらえるように証明してやる、もう１回、強盗して、ウイリーに渡すといいました」
つまり、ジョーとウイリーは強盗グループの仲間であり、ウイリーが殺されたのは、分け前をめぐる仲間割れだったというのだ。
裁判官も改めてジョーに問いただす。
──ウイリーの上司に、ウイリーから推薦してもらったというが、上司は何らかの関与をしていますか。
「上司はしらないと思います。すべての計画は、ウイリーと私で決めました」
──日本に来て、最初から強盗するつもりでしたか。
「はい」
──３月に来日して、強盗は７月。４カ月は何もしなかったのですか。
「はい。ウイリーが持ってきてくれる拳銃を待っていたからです」
──ウイリーは拳銃を持ってこなかったのですか。
「はい」
──強盗には拳銃が必要と考えていたわけですか。
「はい」
──結局、拳銃をどうしようと思ったのですか。
「有料で借りられるところをしっているといいました」
──ウイリーが。
「私です」
──それはどこですか。
「私の考えたのは、ボスのところ」
──ウイリーは、２つの強盗事件で、どのような役割を果たしたのですか。
「拳銃を借りるのに使う１０万円を出してくれました」
ジョーの“新供述”を受けて、検察側は論告で、「本件強盗及び殺人の動機については、新供述のほうが、客観的事実関係にもよく符合して信用性が高い」と述べ、「日本で死刑にしてもらいたい気持ちでいっぱいである」という被害者の妻の感情などにも触れ、懲役２０年を求刑した。
弁護側も同様な観点から、殺人については被害者にも問題があるとして寛大な判決を求めた。
しかし、９２年３月２３日の判決では、“新供述”を認めなかった。一番最初の供述のように、強盗は組長の指示はなかったが、ジョーが組長の窮状を見て独断でやったことであり、人を殺すということでヤクザとして一人前と認められようとして、仕事でトラブルのあったウイリーを殺したと認定し、懲役１７年を言い渡した。
法廷のタガログ語の通訳は、最初日本人女性がやっていたが、ジョーからよくわからないという異議が出て、後半ではフィリピン人の男性留学生に交代した。しかし、この学生も頼りない。日本語の多少できるジョーが直接日本語で答えたこともあった。
この裁判でどこまで真実が明らかになったのかは多少疑問が残るところである。
（２００１年２月１７日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など