佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
沖縄覚せい剤大量密輸事件（下）
佐々木は無期懲役の判決を受けたが、覚せい剤の買い受け予定者であり、もう１人の主犯格である山口達夫は、配下の吉野明とともに、東京地裁の別の法廷で裁かれた。
２人とも「関係ありません」と、起訴事実を全面的に否認して争った。一言でいえば、佐々木から覚せい剤密輸の話をもちかけられ、その話に乗って、吉野を沖縄に行かせたりしたが、１２月１０日ごろ、その計画から抜けたというのである。
つまり、そのころ、「パパ、やめよう。上原が金をとって逃げる。来年は沖縄サミットで海上の警備も厳しくなるから」などという理由で佐々木と密輸計画を中止する話がついた。ところが、その後、佐々木は自分たちで勝手に密輸を実行したと主張した。
佐々木、上原が証人として出廷し、審理も大詰めを迎えた０１年３月１２日の法廷で、主任弁護人が驚くような新事実を述べた。
山口は、警視庁の木村という刑事から、「これはもう捜査されているんだから、やめろ」と捜査情報をもらされて忠告を受けたというのである。また、吉野は、「自分のしりあいの報道関係者にネタを売って、いくらかにしようと報道関係者に接触した」などという内容だった。２人は密輸計画から途中で抜けたと主張していたわけだが、その理由、真実性を訴えたものである。
以下、これらの点について、山口の被告人質問を中心に報告したい。
主任弁護人 この件は、いつごろ持ち込まれたものか。
山口 ９９年のはじめごろ。最初に会ったとき。
主任弁護人 話の内容は。
山口 中国から１００キロ持ってこられるが、こちらで受け取る船がない。船を探してくれと。それと同時に品物もさばいてくれというものです。
主任弁護人 その次に会ったのは。
山口 何回も会っている。船、まだ、探せないかということでした。
主任弁護人 資金や何かを出してくれといわれたのは、いつか。
山口 沖縄で船がありそうだと、佐々木からいわれた。９９年９月の終わりごろ。「船の支度金、船長への報酬を、村田さん、つくってくれ」といわれた。佐々木と相談して、支度金３００万、船主に１０００万、上原に５００万。そのくらいの金額で話を進めようとしました。
主任弁護人 佐々木との共同事業という意味で、金を出してくれと。
山口 はい。
主任弁護人 佐々木と一緒に密輸する約束をしたか。
山口 はい。
主任弁護人 そこで、上原が信用できるかどうか調べるために、吉野を沖縄にやったと。
山口 はい。
主任弁護人 あなたのほうで、（吉野の報告を受けて）やめたほうがいいと、佐々木に話したことは。
山口 何回もあります。船を出すのに日にちがたっている。「パパ、やめようや」と佐々木にはいいました。
主任弁護人 なぜ、時間がそうたっているのに、という感じなのか。
山口 悪いことだけに、２カ月も３カ月もたったら外にもれる。こんな話は１か月以内にやらないと、どこかにもれます。
洋上取引は、当初、ワールドワンが見つかった１１月中にも行う予定だった。それがだめになった。
ここまでは、すでに佐々木の公判の報告の中にも出ていたとおりの話である。ここから、警視庁の警察官が登場する。
主任弁護人 やめようかという話が出てたころ、木村刑事から電話があった。木村刑事とはどういうつきあいか。
山口 つきあいは１０年ぐらい前からです。当時、自分の組の若い衆が、警視庁本部に捕まったときからのつきあいです。
主任弁護人 どういうつきあいか。
山口 一緒に飲んで遊びました。
主任弁護人 月にして何回ぐらいか。
山口 １年のうちに２回から３回です。
吉野の供述によると、６、７年前、警視庁の警察官のために、「使い捨ての携帯電話を段取ってくれ」と山口からいわれ、用意したことがあった。この警察官が木村刑事だという。
主任弁護人 あなたは木村刑事に携帯電話を買ってあげたことは間違いないか。
山口 木村刑事が「捜査でもって、おれたち名義の携帯だと、相手にばれるから、山口さん、携帯電話１本、どこかから都合してくれないか」といわれまして。
主任弁護人 木村刑事は携帯電話の代金を払ってくれたか。
山口 もらいません。
主任弁護人 木村刑事としりあってから、年末になると、木村刑事の故郷からリンゴを送ってきているのか。
山口 何年も前から、１１月ごろに、段ボールが送られてきます。中には、２０から２５個のリンゴが入っています。
主任弁護人 あなたのほうからは。
山口 別に送りません。
主任弁護人 木村刑事はあなたのほうに、いろいろと情報を入れてくれといったか。
山口 それはよくいっていました。
主任弁護人 具体的には、何かないかということか。
山口 いい話ないかとか、外人がいっぱいいて困っている。外人の話ないかとか。
木村から見ると、山口は、いわゆる情報提供者ということなのだろう。
主任弁護人 ９９年に入ってから、一番最初に木村刑事と会ったのはいつ。
山口 ２月か３月、（東武線の）曳舟の駅の喫茶店です。
主任弁護人 話の内容は。
山口 「山口さん、何か悪いことしてないか」「何で」「よその班が山口さんの車をマークしているよ」といわれました。
主任弁護人 木村刑事と会うのは、いつも曳舟の駅の構内の喫茶店か。
山口 そこです。私が指示しました。
主任弁護人 その理由は。
山口 私の家から近かったし、ちょうど木村刑事も曳舟の駅前の交番に車をとめられるので。
主任弁護人 その喫茶店で、合計どのくらい会ったか。
山口 ３０回ぐらい。
主任弁護人 （木村刑事の）写真を持っていけば、経営者、店員はわかるか。
山口 わかると思います。
主任弁護人 ９９年２月ごろ、だれかがあなたの車を尾行していると。
山口 警視庁の別の班。
主任弁護人 木村刑事の所属課は。
山口 保安課。
主任弁護人 （現在の名称は）薬物対策課だと思うが、別の班は同じ課のか。
山口 だと思います。
この時期は、前述した新聞記事と符合する。「台湾当局からの情報で、警視庁は佐々木らを１年以上監視していた」とされている。佐々木が廈門の劉のところへ行った９８年暮れ前後には監視が開始されていたのかもしれない。９９年１月、佐々木は山口に会って、今回の件を打診している。
主任弁護人 その次に木村刑事と会ったのは。
山口 ６月か７月、同じ喫茶店。木村刑事から連絡がありました。
主任弁護人 そのときの話は。
山口 何かおもしろい話はないかと。
主任弁護人 その次は。
山口 １１月の２０日すぎぐらい。
主任弁護人 会ったのはどこか。
山口 同じ喫茶店。
主任弁護人 木村刑事の指示か。
山口 そうです。
主任弁護人 会ったらどうだったか。
山口 「山口さん、いま、ちょっとやろうとしている仕事はまずいぞ。こういえば、わかるだろう。相手の人間にわからないように、うまくおりてくれ」。
主任弁護人 なぜ、あなただけおりろと。
山口 ほかの班がやっていることだから迷惑をかけられない。あなただけおりてくれと。
主任弁護人 具体的にやっていることの情報は。
山口 していません。
主任弁護人 そのとき、中国人たちにはわからないように、あなたはおりなさいと。一味に中国人がいると木村刑事はしっていたのか。
山口 しっていました。
主任弁護人 木村刑事は、中身を全部しっていたのか。
山口 はい。
主任弁護人 何分会ったのか。
山口 会うと１時間以上話す。このときも１時間ぐらい。
主任弁護人 その仕事の話については、どのくらい話していたのか。
山口 大体２０分。
主任弁護人 それだと、もっと具体的な内容が出ると思うが、ほかには。
山口 結局、「山口さん、こういえば、わかるだろう」といわれ、最初はとぼけてた。「あとは、山口さんがうまくおりるようにしてくれればいい。中国人にわからないように、山口さんだけうまくおりてくれ。おりてからも、佐々木から電話がきたら、うまくあしらっておいてくれ」ということでした。
主任弁護人 木村刑事に情報をしらせてくれとは。
山口 いわなかった。それと、「いわなくともわかるだろうけど、この話は、おれと２人の話だから、頼むよ」ともいわれました。
吉野の供述によると、この日、吉野は山口を乗せて車を運転し、曳舟駅まで行った。山口は、「本部の人と会う」といっていた。戻ってきた山口は、「おれの車がマークされているらしい」とポツリといったという。
主任弁護人 その後、佐々木に対して、どう連絡したか。
山口 それからは、いつおりようかと思った。警視庁とつながっているのが、佐々木にわかるとまずい。おりるチャンスをねらっていた。
たまたま、上原が支度金を早くくれとなった。瀬どりポイント（洋上取引の接触地点）を教えなければ、お金を出せないというと、（直前でなければ教えないといっていたのに）すぐに瀬どりポイントをいってきた。上原がお金を持って逃げるという気持ちがあり、おりる理由になると思いました。
主任弁護人 あなたは、佐々木にどういったのか。
山口 私と吉野だけおりるつもりだった。佐々木は捕まるのがわかっていた。おろさないとかわいそう。佐々木もおろさせよう。
「パパ、上原にお金を持って逃げられちゃうから、やめよう。沖縄サミットもあるし、２ヵ月もたっているし」と。佐々木も、「じゃあ、やめましょう」と話がつきました。
山口は途中で抜けたと捜査段階でも述べていた。しかし、この点、山口公判で証言した佐々木の供述は違う。
「おりるとは聞いていません。おりたんだったら、きょう、こういうことは発生しない。１２月１７日に頭金を振り込む必要もない。１２月１０日以降、逮捕されるまで、約１００回、電話連絡がありました。何回も会っています。おりたら必要などありません。２月１０日までは、沖縄の人と中村が連絡をとりました。
２月２６日、夜中に電話をくれました。おりる人だったら心配いりません」と、山口が抜けたことを全面的に否定した。
ただし、佐々木の調書に１つだけ不思議な箇所があった。
調書はワープロで書かれているが、１２月１０日ごろ、山口が抜けたなどと記載された部分に、「本気で」という文字が手書きで挿入されているのだ。つまり、山口は「本気で」抜けるといったことはないとなっていた。ともあれ、２人の間では確かに数多くの電話連絡があったことは間違いない。会ったのも１０回以上になるが、その多くが警察の監視下であった。
主任弁護人 その後、佐々木から、もう１回やりたいと。
山口 ４、５日して、１４日に会いました。
主任弁護人 佐々木は何といったのか。
山口 「この仕事をやらないと、高山の会社がだめになっちゃう。どうしてもやりたい」といいました。
主任弁護人 佐々木は続行するというので帰ったのか。
山口 佐々木のほうだけでやるけど、品物が来て、値段あったら買ってくれといって帰りました。
主任弁護人 あなたはどう答えたか。
山口 木村刑事の話もあったし、値段があえば考えるといいました。
主任弁護人 なぜか。
山口 木村刑事にいわれていました。全面的に自分はおりろ、佐々木とのつきあいは続けていてくれというので、そういいました。
主任弁護人 その後、覚せい剤の密輸について、佐々木との話ではなくなったのか。
山口 はい。
主任弁護人 佐々木から何回も連絡がきた。あなたからも連絡している。佐々木の連絡の内容は。
山口 値段があったら、品物を買ってくれということです。
主任弁護人 あなたは、何と。
山口 全然値段があわないからだめだといっていました。
主任弁護人 あなたは、すでに佐々木が検挙されるのがわかっていた。買うこと自体、発生しないと思っていたか。
山口 はい。
密輸計画自体は続けさせたい。そのため、山口には買い手予定者として存在していてほしい。これが木村のいったことだという。つまり、覚せい剤大量密輸事件を摘発するため、山口はおとり役をしていたといいたいのであろう。
主任弁護人 佐々木に対して、「私はおりた」と、電話したことはあるか。
山口 あります。２月１０日ごろ、吉野が私のうちにきて、上原から連絡がまだ入ってくる。うるさくて困るというので、私は、その場で、「パパ、いまでもうちの明のところに上原から電話が入るみたいだけど、どういうことなんだ。おれたちはおりたんだ」と佐々木にいいました。
主任弁護人 その会話が盗聴されていることは。
山口 いろんな人からのアドバイスでもって、絶対に盗聴されていると思っていました。
吉野の供述では、１２月１０日ごろ、山口から、「明、おりたから、上原に電話するな。電源を切っちゃえ」といわれたが、そのまま電源を入れておいた。その結果、それからも６回ぐらい連絡があった。また、その携帯電話は、上原らが逮捕されたとき、「沖縄の連中がパクられた。連絡をとっていた携帯を捨てろ」と山口から指示され、吉野が廃棄した。
主任弁護人 宮古島の陸揚げ時に、あなたから電話している。どうして、夜中に電話したのか。
山口 私は酔っぱらっていました。そろそろ品物があがると、佐々木から聞いていたので、いつパクられるかなと、ようすをうかがいに電話しました。
主任弁護人 警察がいつ検挙するかについて若干興味があった。それで、電話したのか。
山口 そうです。
主任弁護人 それ以外の理由はない。
山口 はい。
陸揚げに関しては、山口がその前夜に電話するものだから、２月２６日午前９時ごろ、佐々木から山口に陸揚げ成功の連絡が入った。
主任弁護人 あなたは、吉野に５００万円貸したことはあるか。
山口 あります。
主任弁護人 いつか。
山口 ２０００年になって１月か２月。はっきり覚えていません。
主任弁護人 あなたにとって、５００万円はいつでも自由になる金か。
山口 はい。
これも、山口が計画から手を引いたことの傍証になるわけだ。支度金３５０万円、フィリピンでの買いつけ資金１５０万円などは、山口がその気になれば、いくらでも用立てることができたというわけである。
主任弁護人 木村刑事のことは、捜査段階で話していない。私にも話していなかった。どうしてか。
山口 起訴にならないだろうと思って話しませんでした。起訴になってから、佐々木の証言を聞いたとき、あまりにも嘘が多かったので、私がほんとのことをいわないと、とんでもないことになってしまう。それで、先生が面会にきたとき、その話をしました。
主任弁護人 木村刑事は最後に２人だけの話といった。法廷でいわれては木村刑事に迷惑がかかる。それでも、いう気になった。それは、やめたことは警視庁でもわかっていて、起訴にならないと思ったのに、起訴されたからだと。木村刑事には悪いと思っているか。
山口 半分は悪いと思っている。ただ、いままでのつきあいで、「あなたは、私が守るから心配するな」といっていたのに、こうなりましたから。
主任弁護人 それをいったのはいつか。
山口 何年も前から。絶対守るといいました。
主任弁護人 最後に会ったときも。
山口 それのようなことをいいました。「あんたのことは大丈夫。私が何とかするから」といいました。
主任弁護人 だから、あなたは、逮捕、起訴されることはないと思っていた。一方、佐々木の密輸事件は絶対検挙されると。
山口 はい。
山口、吉野の弁護人は３人。主任弁護人に続いて、ほかの弁護人も質問する。
弁護人 やめる気になった影響は、上原の信用問題、木村刑事の忠告、どっちが大きいか。
山口 木村刑事から聞く前も、吉野と２人でやめようかと話していたが、最終的には、木村刑事からいわれたのでやめた。木村刑事のほうです。
弁護人 上原のことについては迷っていて、木村刑事の話で決心したのか。
山口 そうです。
弁護人 捜査段階で、値段の折り合いがつけば買ってもいいと供述した。その理由は買うということ自体は全くあり得ない。起訴されないと思ったので、そういったのか。
山口 そうです。
弁護人 買う気持ちもチャンスもなかったのか。
山口 そうです。
弁護人 あなたが木村刑事について全く話さなかったのは、起訴されることはないと思ったのと、木村刑事の名前を出して迷惑をかけてはいけないという配慮からか。
山口 そうです。
検察官が厳しく追及する。
検察官 木村から話を聞く前、（実行するか中止するか）迷っていたのか。
山口 そうです。
検察官 木村から忠告を受けた後、佐々木にも抜けるようにいったのか。
山口 木村刑事からは、「あんただけうまくおりてくれ」といわれたが、あとで木村刑事にはどんないいわけもつくれると思って、いいました。
検察官 木村の指示を守らなかった。どうしてか。
山口 佐々木が捕まったらかわいそうという気持ちがありました。
確かに、山口の供述では、１２月１０日ごろ、山口が計画中止を提案して、佐々木もいったんは中止に同意している。
検察官 洋上取引の段階で、２月２５日午前２時過ぎごろ、佐々木に電話した。あなたは、「瀬どりできたか」「相手の船と出会えたか」などといったと、佐々木は供述しているが。
山口 覚えていません。
検察官 警察に盗聴されていたというが、かえって、あなたが取引に関与していると受けとめるのではないか。
山口 私はそうは思っていませんでした。
検察官 ２月９日ごろまで、小林のほうに沖縄から連絡がくる。その後、木村と話したことは。
山口 あります。２月２０日ごろ。
検察官 その話の内容は。
山口 「完全におりました」ということを話しました。
検察官 ４月２０日、覚せい剤の所持であなたの第１回の起訴があった。この法廷で、佐々木の第１回の尋問は９月２０日だった。この間は５カ月ある。起訴されたのに、５カ月間、木村のことを話さなかったのは。
山口 私も迷っていました。いったら木村刑事に迷惑をかけると思いました。
検察官 起訴されないと思ったのに起訴された。木村のことをいおうと思えば、いくらでもいえるが。
山口 木村刑事に迷惑をかけると思って、なかなかいえませんでした。
検察官 佐々木に渡した携帯電話は返してもらったか。
山口 そのままです。
検察官 何で返してもらわなかったのか。
山口 そこまで頭が回らなかった。
検察官 取引をやめたら、返してもらうのでは。
山口 木村刑事から、「山口さんだけうまく抜けてくれ。佐々木から連絡がきても、適当に受け答えしてくれ。そこはうまくやってくれ。連絡を急にたつとまずい」といわれましたので。
検察官 別の班は、あなたも絡んでいると見てたんでしょう。だから、携帯電話を引き上げると考えるんじゃないか。
山口 そこまで考えていません。
佐々木に渡した携帯電話の使用料は、山口がずっと払っていた。
検察官 おりたというが、「東京まで持ってくれば、買うつもりもあった」というあなたの調書がある。２月下旬ころの話では。
山口 ありました。
検察官 おりたなんていっても、何か買うつもりだったのか。
山口 瀬どりは終わった。あとは、覚せい剤の値段があわないので、佐々木から何回も電話がありました。
検察官 木村の話は、値段の問題じゃないでしょう。
山口 木村刑事にそういわれたものだから、完全に佐々木と切るのはいけないと。別の班に迷惑をかけると。捜査段階では木村刑事の話をする気がなかったので、そのように話しただけです。
裁判官も質問した。
裁判官 あなたは、吉野に木村の話をしたか。
山口 していません。
裁判官 なぜしなかったのか。
山口 なるべくなら、警視庁と私がつながっているのは話したくないから。（木村と会うとき）吉野は、いっぺん車を運転してきたことがあったので、大体のことはしっていたと思うが、口ではいっていません。
裁判官 木村の話をいつ弁護人に話したのか。
山口 佐々木の尋問が終わった時点です。
裁判官 佐々木の調書の内容を弁護人から教えてもらったか。
山口 大体、しっています。
裁判官 それでも弁護人に教えなかったのか。
山口 はい。
裁判官 佐々木がことさら嘘をつく理由は。
山口 私がお金を貸さなかったからだとか。
裁判長 吉野は大体のことをしっているのか。
山口 私が前に捜査段階で携帯電話が１台必要なので、何とかしてくれないかといわれたとき、１台用意してやったので、吉野は、私と警視庁がつながっているのをしっていました。
裁判長 今回のやりとりは。
山口 吉野にはいっていない。「おれには、ちゃんと強い味方がいるから」といっていました。
とにかく、弁護人にも木村のことを最後まで打ち明けなかったのは、「裏で警視庁とつながっているのは、先生にもちょっといいづらかった」とも山口は述べた。
一方、吉野のほうは、「私たちはおりたにもかかわらず、佐々木がやるとか、続けることをいっていたので、ちょっと頭にきた。それと、少しでも小遣いになれば」と、在京の民間テレビ局の報道局員に働きかけた。この局の夜の警察ドキュメント番組にでも、この話を売りたいと考えたのである。
吉野にはその局員と面識があった。９８年１０月ごろ、そのテレビ局で働いている吉野の友人が、その局員から車を買うことになった。友人と一緒にその車を取りに行ったとき、友人から局員を紹介された。９９年２月ごろ、当時、吉野はペンキ屋をやっていたので、局員の部屋のペンキを塗ったこともある。食事も何回かしたことがあった。
友人にセットしてもらい、２０００年１月の夕方、吉野はテレビ局前にとめた車の中でその局員と話した。
「実は、私がつい最近までかかわっていた覚せい剤の密輸の話で、特別報道番組とかにリークしたい。だれか人を紹介してくれますか、アドバイスしてもらえますか」と持ちかけた。「いろいろ法的にクリアしなければならないことがある。警察から協力要請があっても、取材先をもらさないとかの」といった趣旨の返事だった。感触では、その局員は前向きに思えた。
数回会ったようだが、とにかく、上原はいいかげんな人間で、実際に密輸をやるかどうかわからない。もっとようすを見て、確実になってから動いてほしいと、吉野は提案した。
２月９日、「テレビ局に売って金にしたい」と話して、山口に了解を得ようとしたが、それを切り出す前に、「上原から何回も連絡あった」と話をすると、「上原からまだ連絡入っているのか。冗談じゃない」と怒られ、テレビ局の話はそのまま立ち消えになったという。
このような話で、吉野も、自分は密輸計画から抜けていたことを証明したかったのだ。取り調べ段階では、この局員に関する記載がいっさいない。「自分は起訴されると思わなかった。相手はサラリーマンなので、迷惑かけたくないという気持ちで、局員の名前は出さなかった」などと述べた。
２人の話を裏付けるため、弁護人は、木村刑事、テレビ局員らを証人申請したが、裁判所は不必要だとして採用しなかった。
０１年９月４日、検察官の論告・求刑が行われた。その前に、検察官は山口の家宅捜索時に押収された住所録、名刺ホルダーなどについて書証の追加を請求した。しかし、弁護人が不同意にしたため、山口に質問が行われた。
検察官 ホルダーの中には暴力団の名刺が６０枚近くあった。何で持っていたのか。
山口 現役のときにもらっていた名刺です。
検察官 破門されているのに、どうして持っているのか。
山口 そのまま持っていただけです。
検察官 ５年前、ヤクザから足を洗ったなら、普通は捨てるが。
山口 ただ、整理しなかっただけです。持っていただけです。
弁護人 かつてもらっただけで、破門後のつきあいは。
山口 ありません。
その後、検察官が論告を行う。
山口、吉野は無罪を主張するが、佐々木、上原の供述は十分信用でき、密輸の途中からの離脱はない。山口の供述は到底認められない。木村刑事の忠告があったというが、時期的に信用できない。そのころは、警視庁が情報をキャッチしていないし、捜査を開始していない。吉野のテレビ局の件も不自然だ。
大胆、巧妙、組織的、大量の密輸事件であり、山口は少なくとも１キロ２０万円の利益を上げようとした憎むべき犯罪である。山口は首謀者であり、単なる買い手ではなく、密輸の発端をつくった。山口の存在がなかったら実行されなかった。刑事責任は格段に重い。前科などを見ても、もはや、矯正不可能、将来の再犯も必至である。２人とも改悛の情が見られない。
その上で、山口には無期懲役、罰金１０００万円、未決勾留日数を算入すべきではない。吉野には懲役１２年、罰金３００万円を求刑した。珍しいことに、検察官は、「繰り返します。山口に無期懲役、罰金１０００万円、吉野に懲役１２年、罰金３００万円」と念を押した。
続いて、弁護人が最終弁論を行う。２人はいずれも無罪である。密輸の謀議の事実はあるが、１２月１０日ごろ、２人は手を引く。１１月下旬、木村刑事から忠告されたからだ。法律的には、途中でやめて、佐々木が新しい計画でやったことである。未遂も成立しない。予備罪にも該当しない。山口は、密輸をやろうかやるまいかという段階だった。
山口は、「いいたいことは全部いったと思う。あとは、裁判長に判断をお願いします」と述べ、「今後はまっとうな生活をして、二度とこのようなことはしません。無実であるのが明らかになることを、中立、公正な裁判をお願いします」と吉野も述べた。
０１年１１月１日、判決の日だ。最初に、１０月１６日に宣告された佐々木の無期懲役、罰金８００万円などの判決を検察官が追加書証として請求し、採用される。
続いて、２人の主文が読み上げられる。山口は無期懲役、罰金８００万、未決勾留日数中４１０日算入。吉野は懲役９年、罰金３００万、未決勾留日数中４１０日算入であった。
認定事実は起訴状どおりである。山口、吉野は、１２月１０日ごろまでに手を引いたと主張する。しかし、以後も、佐々木らと連絡をとりあい、瀬どり直前は頻繁に山口は佐々木に電話連絡をしている。山口は売りさばき担当者で、密輸計画に占める意義は非常に重要な存在であった。１２月１０日以降も、計画の基本線で実行に着手している。佐々木は山口の言動で中断したことを否定する。
とくに、２月２５日、瀬どり直前、逐一、山口に状況を報告していた。佐々木の証言は具体的で、矛盾なく説明していて、信用性は高い。上原の証言も信用できる。
山口は警視庁の警察官の話などをきっかけとして中断したというが、警察官の話は、突如、供述として出てきて、不可解である。吉野のテレビ局の話も不自然である。営利目的で莫大な量を密輸した。綿密な準備、周到な行動で厳罰に処すべきである。山口は本件の犯行の原動力であり、佐々木と並ぶ主犯格であるなどと断罪した。
「みんな罪を軽くするため、いろいろいっていると思います」と佐々木は自分の法廷で述べていたが、山口、吉野の話も嘘八百のいい逃れなのだろうか。この判決に不満の２人は、東京高裁に控訴した。
（２００１年１１月２８日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など