佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
覚せい剤ＣＤ捜査・市原事件
２００１年３月６日、横浜地裁３０１号法廷に登場した被告は、上原忠正（４２歳）。身長はそれほど高くないが、がっちりした体格で、短い髪、細い目の男だ。灰色の背広に紺色のズボン。弁護人は２人ついている。
起訴状によると、上原は、李天水、柏木豊久らと共謀し、００年１１月１日、千葉県市原市内の駐車場で、覚せい剤２２５．７１２１キロを営利目的で所持した。もう１つ、この覚せい剤を、営利目的で、００年１０月２５日ごろ、中国から密輸したというものである。０１年１２月２０日、上原に判決が下されるが、法廷での上原供述をベースに、密輸事件の概要を報告する。
上原は、千葉市で生まれ、高校を卒業し、養豚業、トラック運転手などの後、事件当時は、プラスチック材料の販売、プラスチック杭の製造などを行う上原産業の専務だった。会社は千葉県市原市内にあり、社長は父親だが、実質的な経営は上原に任されていた。従業員は１０人で、会社の経営はとりたてて問題ない。家族は、両親、結婚約２０年の妻、１９歳と１６歳の学校に通う２人の娘がいる。
上原の会社ではプラスチック材料を中国に輸出していた。その取引の関係で、中国人も１０人ぐらい出入りしていた。
その中の１人が、貿易業を営み、東京都練馬区内に住む李（３７歳）であった。５年ぐらい前、しりあいの社長から、「まじめな人で、中国で靴の関係の仕事をしている」と紹介され、李と取引をはじめた。李との取引は、１カ月平均して約２００万円で、会社にとっては多くもなく、少なくもない取引相手である。
弁護人 今回の犯行に加わったきっかけは何ですか。
上原 ９９年６月ごろ、李から、「ヤクザをしっているか」といわれました。
弁護人 何でそう聞いたのですか。
上原 李の友人がシャブ（覚せい剤）を持っているから売りたい。買ってくれる人をしらないかということです。
弁護人 李が、あなたに売り先を探してくれといった。それまでのつきあいで、あなたが売り先をしっていると思われる会話は。
上原 山田のところで酒を飲んだりして、ヤクザ関係をしっていると思ったようです。
弁護人 ９６年に、あなたが覚せい剤で捕まったことを李に話したことは。
上原 あります。
弁護人 それで、李が売り先紹介を、となったのですか。
上原 思います。
裁判官 覚せい剤の話をするきっかけは。特異な話題だと思うが。
上原 飲みに行ったときに、李が世間話で覚せい剤の話をしました。李は、（東京・新宿）歌舞伎町でスナックをやっていて、そういうことは詳しかった。
実は、上原は、９６年、覚せい剤の自己使用で逮捕され、９７年１月、懲役１年６月・執行猶予３年の判決を受けていた。覚せい剤を買った相手は、外国人、暴力団組長の川崎次郎、川崎の子分の山田三夫らである。山田は、上原の会社の近くでスナックも経営していた。李と飲みに行ったのは、この山田の店だ。
弁護人 李の件を川崎にどのように話しましたか。
上原 話して、２人を会わせました。
弁護人 川崎に何といいましたか。
上原 日本にシャブがあるから買ってくれないかという中国人からの話があると。
弁護人 当時、どうして、李の依頼を引き受けたのですか。
上原 李がしつこくいうもので、簡単な気持ちで紹介しました。
検察官 そのときの覚せい剤は、どこに、だれが持っていましたか。
上原 李の友だちと思うが、あとで話を聞いたら、川崎と山田がほしいとなって、（取引したが）サンプルと違ったという話を聞きました。
これが、上原が今回の覚せい剤犯罪に手を染めるきっかけである。その後、川崎が、「日本にある品物はだめなので、中国にある品物を買いたい」というので、川崎、李と一緒に中国にも出かけた。
９９年１１月には、山田から紹介された柏木豊久（４８歳）らと中国に行く。柏木は賭博や自転車競技法違反で前科がある男だ。川崎は金がないので、中国側に信用がなく、そのかわりに柏木を買い主に仕立てて連れていった。
売主の中国側は、５０歳ぐらいの人物ら２人で、食事しながら話した。李が通訳する。「覚せい剤を売ってくれ」「売ります」ということで、覚せい剤１０キロぐらいを買う約束をした。
日本に帰国してから、香港で話した件ではなく、すでに日本にある覚せい剤を買わないかと、李がいってきた。「アイス（覚せい剤）が２５キロある」というのである。上原は売り先がなかったので、山田と柏木に頼む。２人は１キロ２００万で１０キロを売りさばいた。
この間、川崎は覚せい剤の自己使用などで逮捕されたといわれ、網走刑務所で服役する。そのため、上原が日本側を代表する形となった。
００年５月、上原は、李の紹介でトニーと名乗る中国人としりあう。７月、「トニーが覚せい剤を持っているから、東京の人が買わないか聞いてくれ」と李から頼まれ、柏木経由で４キロを東京の暴力団の男に売った。１キロ約１４０万だった。この男には、３月にも、やはり、柏木経由で５キロを７５０万円で売っていた。
００年７月２９日にも、上原は、柏木、李と一緒に、中国へ行く。香港に隣接するシンセンのレストランで、売主の劉国強という中国人たちに会った。活性炭のような黒い覚せい剤を見せられたり、黒い覚せい剤で硯をつくり、それを日本に航空便で送るといった話も聞かされた。
劉は、「白いアイスは、すぐに準備できない。黒い炭の覚せい剤はできる。白いのは、後で、また日本に行く。とりあえず、黒い覚せい剤を渡す。用意ができたら、また連絡する」と約束した。結局、２週間後、黒い覚せい剤を取りにくることになり、日本に帰った。
８月に入って、用意ができたと連絡が入り、８月中に２回、中国から密輸する。１回目は、８月１４日、上原は柏木と香港に行き、ホテルで段ボール箱に入った活性炭を浄水機ごと渡される。これをもって日本に帰った。税関検査で、浄水機を取り出され、活性炭がこぼれた。それを見て、税関の係官がどこかに行く。柏木は、一瞬、ひやっとしたが、係官はガムテープを持ってきて修理してくれた。
２回目、上原は、山田の子分の関幸雄と行った。合計で１７キロぐらいあったという。中国人の運び屋を使うのはよく見られるケースだが、日本人が運ぶのはあまり例がない。
弁護人 ２回持ち込んだが、あなた１人でですか。
上原 １回目は柏木、２回目は関と一緒です。
弁護人 実際に税関を通ったのは。
上原 柏木と関。私は、「先に出てろ」といわれたので、先に出ました。
弁護人 柏木はどのようにしてかかわったのか。
上原 私から頼みました。当初、山田と柏木が覚せい剤を買うと聞いたので。
弁護人 １回目、柏木、２回目、関が持ち込んだ。その後、だれに渡しましたか。
上原 全部、李に渡しました。李の部屋で精製したと、李がいっていました。
弁護人 精製した覚せい剤の譲渡をめぐって、代金が回収できていない話があった。具体的には。
上原 山田と柏木と関が売ったが、８００万円近くの金が劉のところにいっていない。
弁護人 それはどうしてか。
上原 李が自分で取ってしまった。
弁護人 李がいくら払っていないのか。
上原 約８００万。
００年９月ごろ、劉が来て、（東京の）池袋のホテルで会って、判明したことだ。中国側との取引は、覚せい剤の現物と代金引換えではなく、後払いの信用取引を行っていた。山田ら３人は代金を上原経由で李に渡したのだが、李から劉にその金が全額渡らず、約８００万円不足していたのである。この代金のもつれから、上原に対して、その不足分を払えというのである。
弁護人 なぜ、あなたに払えといったのですか。
上原 結局、１回目、香港に柏木と行ったとき、上原にも責任あるみたいな形に、向こうが思ったのではないか。仲介役として、柏木、関、山田を紹介したということ。いい加減な人を紹介したと受け取ったと思う。向こうはマフィアだし、いうことを聞かないとまずいなと。
弁護人 どうして、あなたは、そんな重要な立場にされたのか。中国側はあなたを重視しているが。
上原 劉もトニーも（私の）会社にも家にも来たし。
弁護人 どうして、そこに来たのか。
上原 遊びに来たいというので。私も香港でご馳走になったから、「来たい」といえば。
弁護人 炭状の覚せい剤をさばいたのは、柏木、関、山田の３人。かれらの資産はどのくらいあったのか。
上原 ない。山田と関は住所不定。当時、（暴力団の）事務所に住んでいました。
弁護人 柏木には相当な負債がある。
上原 しっています。
弁護人 あなたが一番資産力があると。
上原 金を取りやすい。
中国側にとっては、上原の資産が担保となっていたらしい。柏木の証言によると、上原は４００万円ほどを分割して劉に払うことで話がついた。
ここまでが、上原の犯罪の前段階である。いよいよ今回の犯行に直接関連する話になってくる。炭状の黒い覚せい剤の話と並行して、白い覚せい剤の取引も進行していた。００年の夏、香港に行ったときのことである。ホテルで劉から切り出す。
弁護人 そのとき、何キロを輸入するということでしたか。
上原 ３０キロぐらい。
弁護人 だれが引き受けるのですか。
上原 柏木は売り先あったし、「何キロでもいい。２０キロぐらいは」といっていました。残りは山田と関。
弁護人 劉は、日本のどこに持ち込むといいましたか。
上原 名古屋港といっていました。
弁護人 なぜですか。
上原 いままで名古屋港から何回も密輸しているからと、劉がいっていました。
弁護人 劉の３０キロの覚せい剤は、名古屋に揚がってくると思ったのですか。
上原 そうです。
一方、中国側の覚せい剤仕出し人は、劉のほかにトニーもいる。００年７月から９月にかけて、上原は、李から、「コンテナに隠して密輸する。倉庫を探してくれ。そのかわり、中古車やパチンコ廃台などの中国への入港許可証を手に入れてあげる」といわれ、承諾する。
コンテナに隠した覚せい剤を取り出す作業をするので、外から見られないように、シャッターのついた倉庫が必要だ。
弁護人 それで、実際に倉庫を探しましたか。
上原 探しました。
弁護人 コンテナは運び込まれたのですか。
上原 違います。
弁護人 倉庫は。
上原 探しただけ。「借りてくれ」の指示がなく、倉庫を契約しませんでした。
弁護人 引き続き、倉庫探しの依頼はありましたか。
上原 ９月後半から１０月中旬にありました。しかし、李と連絡がとれません。
弁護人 李から確認の連絡は。
上原 ありません。
弁護人 これで、あなたの（覚せい剤取引との）かかわりはもう終わりと思っていたのですか。
上原 そう思っていました。
１０月２０日ごろだった。会社で仕事をしている上原のようすがおかしくなった。妻の証言によると、「ぼーっとしている状態」なのだ。会社の従業員たちも心配した。４年前には覚せい剤で捕まっている。また、覚せい剤を使用したのではないか。
弁護人 一連の覚せい剤事件に手を染めたころの心境は。
上原 私自身、やめたいと思っていたが、劉、トニー、李に、「覚せい剤の話だから、最後まで後にひけないぞ」と、はじめにいわれました。家族の心配とかがあったし、自分の意志の弱いせいでもあります。
弁護人 当時、相当悩んでいましたか。
上原 はい。
弁護人 その悩みでおかしくなってしまった時期がある。その原因は。
上原 ００年１０月ごろ、覚せい剤のことをはじめてから、眠られない日々が続き、睡眠薬を常用する形で。
夜、携帯電話が鳴ると、電話に出ずに逃げたい気持ちになった。しかし、会社は２４時間仕事をやっていたので、電源を切ることもできない。そこで、睡眠薬に頼ることになったという。
弁護人 覚せい剤を使ったと（あなたの）調書にありますが。
上原 それは、刑事が、「そういったほうが話が早い。自分で飲んだといったほうが」「そうですね」と、覚せい剤はやっていなかったが、早く取り調べが終わればいいと判を押しました。
弁護人 調書の内容は事実に反するのですか。
上原 はい。私が、「眠たい、眠たい」と事務所でしていたので、覚せい剤となったが、覚せい剤は眠くならない。
弁護人 前に覚せい剤を使ったことがある。そのとき、体の変化は。
上原 目がさえて、体がどんどん動きだしていく。今回は、眠たいと居眠りをしたり、事務所で動きが鈍かった。
弁護人 警察で尿の提出は。
上原 とられました。
弁護人 結果は。
上原 マイナス。使っていない。
検察官 奥さんに、「１回やっちゃった」といったのではありませんか。
上原 「やっていない」といいました。
検察官 李、柏木にも打ち明けたのではないですか。
上原 いっていません。
ちょうど、上原の覚せい剤騒ぎのころ、李から電話を受けた柏木は、「専務のところは大騒ぎになっているかもしれない」と伝えた。そこで、李は、上原にかわって、栃木の友人に倉庫探しを頼む。
また、１０月２７日、柏木にも頼んだ。「トニーから（覚せい剤を隠したコンテナが）来るから倉庫を探してくれ。覚せい剤１０キロを回してあげる」というのだ。柏木は、覚せい剤を買いたがっている暴力団の男に頼んで、千葉県茂原市内の倉庫を見つけだした。賃貸料は１週間で３０万円だ。
１０月２９日、柏木、李、トニーらが倉庫の下見を行う。コンテナの高さは３．６メートルだが、倉庫のほうは３．８メートルで大丈夫だ。１０月３０日、李らがコンテナの二重壁の間に詰めた覚せい剤を取り出すため、ガスバーナーを倉庫に運び込む。
１０月３１日、トニー、李、李の友人の３人が倉庫に３回目の下見に行く。その帰りに、「３人、人を手配してくれ」と、李の友人は頼まれた。コンテナの中には、貨物としてビーチサンダルが積んであり、それを下ろす作業をさせるためだ。１１月１日、李の友人は、作業員３人を車に乗せて倉庫に向かう。コンテナの受け入れ準備は完全に整った。
覚せい剤の隠された４０フィートコンテナは、広東省蛇口から、ドイツのコンテナ船に積み込まれ、１０月２５日、横浜の本牧埠頭に到着していた。
ところが、１０月３０日、税関が検査を行い、二重壁の中に隠された覚せい剤を発見したのである。地元の神奈川県警は千葉県警と合同で、ＣＤ（コントロールドデリバリー）捜査により、犯人一味を一網打尽にすることを決定し、１０月３１日、輸入許可が出て、１１月１日、コンテナを積んだ車は横浜港を出発した。荷受け人は、上原の会社になっていたが、運ぶのは茂原市内の倉庫の予定だった。
１１月１日、上原のところに、李から電話が頻繁にかかってくる。久しぶりの電話だった。
１回目は午前１０時ごろ、会社で仕事をしていたときであった。普通のあいさつで、上原が会社にいるかどうかの確認だった。
２回目は午後１時半ごろである。税務署に税金のことで話に行って帰る途中で、上原が車を運転し、柏木が同乗していた。「コンテナの後ろに横浜ナンバーのワゴン車がついていて、やばい。警察に見つかったんじゃないかと心配だ」と、李が話す。李、トニー、劉らは車で茂原市内の倉庫に行く途中、偶然かどうかは不明だが、自分たちのコンテナが車で運ばれているのを見つけたのである。
しかし、上原は、「運転中なので、後にしてくれ」と電話を切る。
３回目の電話は３時半近くで、上原は会社に戻って仕事中であった。李らは、茂原市内の倉庫に運ぶのを変更して、上原の会社の駐車場に運びたがっていた。「２日間だけ置いてくれ」と頼む。上原は、最初は断ったが、コンテナはすでに会社に向かっているという。
李らがどうやって、コンテナを運ぶ車に連絡したのかは不明だが、３時４０分ごろ、コンテナが着く。上原は自分のところの駐車場はすでに別のコンテナでいっぱいなので、近所の会社の駐車場を借りる手配をし、そこに置いた。
弁護人 ２日間というので了承したが、コンテナの中に、覚せい剤、危ないものが入っているのは。
上原 しっていました。
弁護人 どうして。
上原 （コンテナの）近くに寄らなければ、置いておくだけだから大丈夫だろうと思いました。
弁護人 当時、コンテナを保管しているということは、（犯行に）自分もかかわっているという認識は。
上原 ありません。その間、覚せい剤が入っているのはしっていたけれども、普通の生活をしていました。
弁護人 どのくらいの量の覚せい剤が入っているとしっていましたか。
上原 ３０キロぐらい。
弁護人 李から、「３０キロ入っている」と話があったのですか。
上原 キロ数ははっきりいわないが、「３０から４０キロ入っている」という話を聞いていた。だから、想像です。
弁護人 劉の日本に入れてくる覚せい剤が李のコンテナの中に入っていることは。
上原 １１月２日、劉が中国に帰るときに聞きました。
弁護人 １１月１日の時点では。
上原 李（トニー）の品物が３０キロ入っていると思っていました。
弁護人 どうしてですか。
上原 劉の品物は、これまでも名古屋に入っています。前に来たとき（９月）、劉はレンタカーで名古屋に行っています。
弁護人 ほかに劉の覚せい剤が入っていない理由は。
上原 もう、劉の品物は日本にあるといっていた。１０月の終わりに劉から聞きました。「名古屋方面に来ているから」と。
事実、上原は柏木とともに、１０月３０日、来日した劉を成田空港に出迎え、劉の品物のうち、柏木が２０キロか２５キロを買い、残りは、上原が山田に電話して了解をとり、山田が買うことに話をつけていた。
弁護人 劉と李の関係は良好でしたか。
上原 金銭トラブルがあってから、２人の関係はまずかったようです。
弁護人 同じコンテナで持ち込むことも考えられますか。
上原 トニーと劉は、同じ仕出し人で同じマフィアで、仲がいい。
検察官 今回の覚せい剤は２２８袋で、赤や緑のビニールテープで色分けしてありましたが、その意味は。
上原 考えてみましたが、はっきりわかりません。
色分けしたのは、トニーの覚せい剤と劉の覚せい剤を混載したので、多分、見分けるためのものに違いない。
検察官 コンテナが来たこと自体は予想していましたか。
上原 はい。
検察官 あなたは、それ以前から、会社の駐車場にコンテナを置くことは了解していたのですか。
上原 そういう話はしたが、断りました。
検察官 「そこでは、物は出さないでくれ」といったのですか。
上原 そうです。
検察官 いったん、置くのはいいけれども、取り出さないでくれと。
上原 はじめそういったが、置くのも断りました。
検察官 １１月１日、了承したのはどうしてですか。
上原 最後の電話から何分もたたず、コンテナが来たので。「もうじき着く」というので、とりあえず、２日だけと。
１１月１日午後５時半ごろ、上原のところに、李から４回目の電話がきた。ファミリーレストランで会い、上原は、李、柏木とコンテナをどうするか話し合った。警察みたいなものがついてきているので、今、開けるのは危険だ。とりあえず、そこに置いておいて、少しようすを見ることになった。
また、その後、中に積んであるビーチサンダルの処理は、上原のところで下ろして、アフリカに後で輸出し、コンテナはそのまま戻す。または、李が上原のところからプラスチックを買って、それを積み込み、中国に戻すなどの方法も話し合った。
検察官 あなたは、（覚せい剤取引への関与を）やめたがっていたというが、１１月２日から、次の取引の話をしていませんか。
上原 しました。
検察官 だれと。
上原 劉、私、柏木。
検察官 次は、どういう形で入れようと。
上原 具体的な話はしていません。
検察官 白い覚せい剤か、黒い覚せい剤か、そこら辺の話は出ていましたか。
上原 出ていない。記憶ありません。
検察官 プラスチック製の杭の中に入れて密輸しようとかは。
上原 ありません。中国には、そういう杭をつくる機械がない。杭自体は、中国でつくれると思いますが。
柏木の証言では、そういう話が出たという。しかし、その方法は無理と判断し、かわりに、前に持ち込んだ炭状の黒い覚せい剤を、劉が再びつくることになった。「そろそろ準備ができるから、５人ぐらいで取りにきてくれ」という連絡が、劉サイドから上原に入った。
ところが、その直後の１１月７日ごろ、上原は逮捕される。というのも、警察はＣＤ捜査を行っていたが、コンテナから覚せい剤を取り出す動きがないし、１１月５日には、李からの電話を受けた後、上原がコンテナをそのまま中国に送り返すような手配をしたからであろう。
弁護人 李の誘いがなければ、今回の事件には加わらなかったですか。
上原 そういう話はなかったと思います。
弁護人 加わった原因は、李か。
上原 自分の弱さもあるが、多分にあります。
弁護人 あなたが身を引くとは考えませんでしたか。
上原 いったん断ったが、李から、「（中国側に）話をしてしまったから、簡単に身を引けないよ。（手を引くなら）ほかの人を紹介しろ」といわれました。
弁護人 もし、要求にこたえなかったら、どうなると。
上原 私はともかく、家族やこどもに何かあったら困るなと思いました。
弁護人 李は危害を加えるような人ですか。
上原 中国人だし、もし、そういうことがあったら困るなあと。向こうで、劉とかに会ったとき、香港マフィアと、劉がいっていました。
弁護人 劉から家族などに危害を加えると脅されたことは。
上原 そういわれました。
弁護人 引くに引けなかったと。
上原 それもあります。
裁判官 劉とトニーは、どういう人たちですか。
上原 香港の（犯罪組織の）１４Ｋと聞いていました。
弁護人 いま、あなたの心境は。
上原 大変、この事件でご迷惑をかけた。世間に申しわけないと思っています。二度としません。なるべく早く社会復帰して、家族のもとに帰って頑張りたいと思います。
妻から見て、上原は、人にものを頼まれると、断らなければいけないこともイエスといって断らないやさしい性格だという。
そういえば、「金を貸してくれ」といわれると、サラ金から借りてでも貸している。柏木には５０万円から１００万円ぐらい。李には、仕事の関係で香港に中古のテレビを持っていったとき、没収されて、それの補償に必要、中国に行き来する渡航費用に使うというので、３００万円から４００万円ぐらい貸した。劉にも、「日本に来る渡航費用を貸してくれ」といわれ、中国に４５万円を送金したこともあった。
弁護人 覚せい剤取引に関与しているが、利益は得ていない。
上原 はい。
弁護人 １円も。
検察官 あなたには愛人がいますか。
上原 愛人というわけじゃないが、友だちはいます。
検察官 月５０万から６０万使いますか。
上原 働いていたから、そんなに金は使わない。飲みに行ったりはします。
検察官 ほかにもあって、月５０万から６０万使うと、調書にあるが、事実ですか。
上原 それぐらいは使います。
上原は、経理担当である妻から、毎月２０万から３０万円の小遣いを受け取っていた。取引先からのバックマージンなど、妻には内緒の金もあったが、足りたのだろうか。
検察官 倉庫探しで５００万の報酬を約束されましたか。
上原 そうです。
検察官 ５００万は安いですか。
上原 安いと思いましたが、（李が）貸した金を返すということで、報酬じゃありません。
今回の密輸では、李の報酬は約１４００万円から１５００万円だった。
検察官 幾らぐらいの仕事と思いましたか。
上原 貸した金は全部返してほしいと思った。倉庫探しで、貸した金と別に利益を得る気持ちはありません。
検察官 あなたは、どうして利益をあげようと。
上原 はじめは、仕出し人というか、李が小遣いくれたらいいと思っていました。
検察官 そうじゃなくて、（覚せい剤の）転売で利益を得るのではありませんか。
上原 売る値段は直接タッチしないので、幾らもうかったかわかりません。
検察官 あなたが買い主では。
上原 違います。
傍聴していて、上原の動機がいまひとつはっきりしなかった。ともあれ、押収されたのは、約２２６キロと大量だった。「こんなに大量とは思わなかった」と弁明する上原に対し、検察官は懲役１８年・罰金６００万円を求刑し、０１年１２月２０日、懲役１５年・罰金６００万円の判決が下された。
李は懲役１６年・罰金８００万円、柏木は懲役１０年・罰金５００万円の判決を受け、山田らは指名手配、劉、トニーらも国際指名手配を受けている。
（２００２年１月８日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など