佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
神奈川県警乱射事件（下）
０２年６月２７日。きょうは被告人質問である。ねずみ色の背広で、右手に青色の小さなタオルを持っている。供述の後、被告席に座ると、それで顔をぬぐった。
さて、村山は、横浜の生まれ育ち。中学を卒業して、父親の建設会社を手伝うが、非行に走り、少年院を経験する。成人してからも、犯罪を重ね、既に前科８犯である。暴力団の末端組織の組長だというが、組織は休眠中のようだ。
今回の事件のプレジデントは、事件の１カ月ほど前の７月１２日、ある組員から預かったものだという。それらを順番に弁護人が聞く。
──事件当時のこと。上郷森の家の駐車場は頻繁に利用していたのか、入浴目的で。
「入浴です。連続していくときもあったし、いかないときはずっと行きません」
──８月９日にも同じ車がとまっていた。行った記憶は。
「覚えていません」
──８月１２日朝、森の家の料金所には、何時にいったか。
「９時ぐらい」
──森の家は何時から開くのか。
「１０時ぐらい」
──駐車場に車を止めて、時間をつぶしていたのか。
「そうです」
──１０時５０分ごろ事件が発生した。それまで止まっていたのか。
「車内テレビで、野球を見ていました」
──夏休みの日曜日。駐車場で車はどれぐらい止まっていたか。
「結構きてました」
──人かげは。
「かなり来ていました」
──警察官、パトカーがきたと気づいたのは、いつか。
「後ろのほうで、バタン、バタンという音がした。見たら、パトカー。バタン、バタンというのは、扉のしまる音だった。後ろを振り返った。パトカーが止まっていて、警察官が３人ぐらい下りて、車のほうに近づいてきた。バックミラーから見えました」
──瞬間的に何を考えたか。
「車を動かそうと、免許証を持っていない」
──ヤバイと。
「そう」
──逃げると。
「最終的にはそう」
──ミニパトの止まった位置は、警察官は７５センチぐらいという。あなたの記憶は２、３メートルか。
「そう、間違いないです」
──車を動かしたら、警察官の対応は。
「ギアを入れて、車が動いたと同時ぐらいに、運転席側のフロントガラスを棒で叩いてきた」
──車は下がりはじめていたぐらいか。
「そうです」
──何で叩いたのか。
「警棒」
──１人か。
「まず、運転席側を叩かれた直後、助手席側から叩かれた。連打で強く」
──どう感じたか。
「何が何だかわからなかった」
──乱暴と。
「思った」
──フロントガラスは。
「ひびが入った」
──フロントガラスの左下のクモの巣状態のひび。これがついたひびか。
「そうです」
──運転席のドアの横あたりに乗り出す形で、警棒で叩いてきたのか。
「そうです」
──叩かれた理由がわからない。あなたの反応は。
「これは逃げないとまずい。何をされるかわからない」
──無免許だけだと、警察は過剰な反応と。
「思いました」
──どうやって、逃げようと。
「車で切り返して」
──真後ろに、警察の車があるから。
「はい」
──左の方向にいったん車を出す。それから前進で出ていくつもり。
「そうです」
──警察官の対応。過剰と思われる。何が原因か、今、思い当たることは。
「プレジデントについていたナンバーが偶然にも、私の実兄の車のナンバーと同じ。その兄に逮捕状が出ている。傷害か何かで。これは勘違いできたのではと」
兄は暴力団の構成員。仙台と横浜を行ったり来たりしている。
──兄と間違えられてんじゃないかと。
「そう」
──切り返しする過程で、何度かミニパトにぶつかっている。何度か。
「二度ぐらい」
とりあえず、逃走に成功する。
──サカエ２号が止まっていた。どう思ったか。
「なんで、こんなところに止まっているのか」
──用意周到にきていると。
「そう」
──袋のネズミとは。
「２台目のときは思わず、また、逃げられると」
──サカエ２号に人が乗っていたかは。
「わかった。乗っていた」
──押し出すしかないと正面からぶつかった。
「そう」
──その前、いったん止まり、小泉、川口から声をかけられた記憶は。
「ありません」
──そのとき、小泉が２発発砲したが。
「まったく気づきません」
さらに逃走を続け、駐車場を出て、森の家の外へ出ようとする。
──サカエ１号が止まっていた。
「はい」
──印象はどういう。
「もう、逃げられないんじゃないかと」
──どうやって逃げようと。
「１号にぶつけて、左に曲がり、坂を下り、環状４号に逃げようと思った」
村山は、考えたとおり、サカエ１号にプレジデントをぶつける。
──そこで、警察官から発砲。記憶している発砲は何発か。
「この目で見たのは２発」
──だれのものか。
「小泉です」
──発砲の後、あなたはどうしたか。
「正面から撃たれて、鉄板を貫通するズダンという音がした。前を見たら、拳銃を構えていた。もう、手を挙げた」
──手を挙げた後、さらに撃ってきたのか。
「そう」
──ハンドルから手をはなした。車は。
「ニュートラルにギアを入れ、両手を挙げた。フラフラと坂道を下がっていった、後退」
──多少、車が下がった状態で２発目を撃たれたのか。
「そう」
──プレジデントは後退して止まる。土手のえん石にぶつかって止まった。手を挙げた状態で、さらに撃たれた。
「はい」
──さらに撃たれて別な対応を。
「両手を挙げて、ちょっとかがんだ状態で、上体を横にむけ、撃つなといった。手を挙げているのに撃たれた。止めなければまずい。ブレーキを踏もうとしたら、アクセルを踏んだ。からぶかしで、音がした。ニュートラルだから。体を横に向けていたので踏み間違い」
──警察官を威嚇する結果になった。
「その直後、２発撃たれた。勘違いしたのではないか」
──２発は、三沢の。
「そう」
止まって、警察官が周りに集まってきた。そこで、再び森の家方面へ逃げる。
──また、撃たれる危険は。
「そこまで考えなかった。危険はあったが」
──正面の小泉が発砲前に声をかけたり、警告は。
「ないです」
──今までの経過の中で、警察官をひき殺そうと思ったら、できる状況があったか。
「やろうと思えば、ひけた」
──小泉、川口のほうに向かって、前進、後退したことは。
「ないです」
７月１１日、今度は検察官が質問した。
──８月１２日、おまわりさんがやってきた。
「ああ、まずいと」
──話を聞いてから、車を動かしてもいいのでは。動かなければ、警棒で叩かれなかった。なんで免許証の提示を求められる前に。それまでは提示を求められた経験は。
「近寄ってきたときに、発車しちゃっています」
──サカエ２号が止まっていたとき、どうして、あきらめなかったのか。
「車を動かしたとき、警棒でバシバシ叩かれていたから」
──パトカーが前にある。パトカーにぶつかったら、どうなると。
「考えない。逃げるのに必死で、警察官も殺気だっていた」
──サカエ１号に衝突した後、警察官がプレジデントに寄ってきた瞬間、ギアを入れて逃げた。
「つかまりたくないから。ホールドアップしないと、殺されると思った。ホールドアップしてからも、３発撃たれているので。寄ってきたとき、警察官は殺気だっていた」
──警察官が寄ってきたとき、拳銃を向けていないが。
「持っているから」
──そんな危険をおかしてまで、何で逃げるのか。
「殺されるかもしれない」
──近寄ってきて、撃つと。
「下手したら、撃たれるかもと思った」
──警察官があなたに向けて、声を発していなかったのか。
「一切聞いていない」
──逮捕当初、プレジデントの運転自体を否認していたが。
「しらないといった」
８月２９日、論告求刑、最終弁論のある日だが、傍聴席には、初めて、組員らしい男が１０人ぐらいやってきた。まず、検察官の論告だ。公務執行妨害、器物損壊については、警察官の証言から信用性は十分。村山の供述は信用できない。警察官の発砲が適法であることは優に認定できる。法治国家への挑戦であり、一歩間違えば警察官が死傷していた。物的損害は１４７万１４４０円にも及ぶなどとして、懲役５年を求刑した。
一方、弁護人は、いきなりプレジデントを叩くなどした行為は、違法であり、その結果生じたパトカーの損壊も、違法性が阻却される。発砲も同様に違法なもので、無罪であると主張した。
村山は、紙に書いてきたものを読み上げた。
「当時の私の気持ちは警察に対して数多くの不満があった。警察官の乱射行為、後ろ手錠など到底許しがたい行為。清く刑に服すると考えているが、袋（覚せい剤所持）を押しつけられたことで警察への不信が高まった。争う意思を固めた。いま、ここに、命あるだけで幸運。乱射行為は一生忘れることはできない。もし、命中していたら、絶命していた。この場に立つことですらできない。あとは、裁判所の聡明な判断をお願いします」
判決は、１０月１５日、いい渡された。
主文は、懲役４年８月、未決参入２７０日。犯罪事実は起訴状どおり。理由は弁護人席前の被告人席に座って聞いたが，裁判長の読み上げている最中、村山は舌打ちの連続である。「話にならない。そんなに出世しいたのか」といいながら立ち上り、退廷するような素振りを見せる。裁判長は、それを見て、「退廷」と看守に命ずる。村山は退廷させられ、「弁護人がいるから」と、裁判長は読み上げを続ける。
「公務執行妨害，器物損壊について、警察官の供述は、おおむね信用できる。記憶違いによって、一部不一致点があるが、発砲は威嚇射撃の余裕がまったくなく、身体に当たらないように撃っている。逃走防止，正当防衛のため、緊急のやむをえない措置であり、いずれも適法」などと認定した。なお、村山が強く否認していた覚せい剤所持についても認め、１０分ぐらいで終了した。
（２００２年１０月２６日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など