佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
覚せい剤密輸・関空事件（下）
仕入れる覚せい剤が決まり、４月１４日の夕方、約束どおり、アミンがホテルにやってきた。まず、陳が仕入れ代金の金がきちんとあることを示すため、金を見せる。すると、アミンが電話をかけ、男に覚せい剤をホテルにもって来させた。
── ホテルのどこに覚せい剤を持ってきてくれたのか。
陳 私の部屋までです。
── そのとき、部屋にいたのはだれか。
陳 私と朱です。
── 覚せい剤を何に入れてきたのか。
陳 多分、旅行用カバンに入れてきました。
── 部屋で覚せい剤を確認しているか。
陳 確認しました。
── ビニール袋は何袋あったか。
陳 ８袋です。
── そのカバンから、ビニール袋を取り出してみたのか。
陳 アミンがカバンから出して、ベッドの上に並べました。
── あなたはそばで見ていたのか。
陳 見ていました。
── 朱もいたのか。
陳 はい。
── アミンに金を支払ったのか。
陳 払いました。
── いつか。
陳 ８袋をベッドに置いたとき、朱さんが自分のカバンからお金を出して、１２０万円を数えて、私に渡し、私からアミンに渡しました。日本の紙幣です。
── 黒木から受け取った５０万円と送金された５０万円の、あわせて１００万円も渡したのか。
陳 そのとき渡したお金は、（黒木の用意した）１００万円はありません。私たちの食事代、飛行機代などで使い、残ったお金を渡しました。
── そうすると、アミンに渡した金はいくらか。
陳 （１００万円のうちの）５万人民元（約８０万円）近くです。
── ５万人民元近くと朱の１２０万円をあわせた分が、４・５キロの代金か。
陳 そうです。
代金について、陳はこんなふうにも述べた。アミンが急に値を上げてきたので、約５万人民元と１２０万円では足りなくなり、知人から借りて、５０００人民元から６０００人民元ぐらいを上乗せしたという。
朱は、「効き目はいいが、色はちょっとよくない」などとアミンにいったという。取引が終わり、陳はすぐに林兄弟を呼んで、林兄弟の部屋に覚せい剤を持っていかせた。
林兄弟は、４月１０日、白雲空港から別行動をとり、広州に住む知人のところに滞在していたが、陳に指示され、１４日、ホテルに来ていた。
林兄弟が予想していたのは、１人１キロずつ運ぶことだ。当初、陳は確かにそういった。しかし、合計４・５キロもある。
── ２キロと比べれば相当多い量。陳に何かいったか。
林兄 最初の話と違う。やめる。ほかの人をあたってくれといいました。すると、陳は、やめるなら弁償してくれ、金もかかっているといいました。
── あなたは、払えないと。
林兄 払えない金額でした。
── あなたは、逃げたらどうなると。
林兄 復讐されると思いました。弟が糖尿病なので、弟は絶対にけがをさせてはならない。やむなく承諾しました。
── 覚せい剤はあなた方の部屋に置かれた。
林兄 はい。
── どうしてか。
林兄 危険性を私に負わせたいからだと思いました。私が逃げられないようにするためでもあります。私の名前で部屋を借りています。覚せい剤を残して逃げると、警察に追われます。持って逃げたら、暴力団に追われます。
林弟は、常時注射器を携帯し、毎日朝と晩、インシュリン注射をしているほどの糖尿病患者である。
さて、林兄弟が覚せい剤を自分たちの部屋に運んで、カバンから中身を取り出す。覚せい剤は、１袋０・５キロのものが７つと１キロのものが１つあった。翌１５日には日本に出発する。運び込む方法を考えなければならない。
── 体に巻きつけて持ち込む方法は、だれが教えたのか。
林兄 陳から教えられました。私たちの部屋に来て、巻きつけ方も教えてくれました。ガムテープを使うものです。心臓を締めつけないようにして、白い袋が見えないようにします。私は太っているから、多少太股につけるといいともいわれました。
── 予行練習は。
林兄 はい。「１回やってみてほしい」と陳からいわれ、やりました。
林弟は試しに巻きつけてみた後、鏡を見たが、「体が膨張していて、太って見え、疑われる」と思った。
この点、陳の話では次のようになる。
── 兄弟の部屋に行ったとき、兄弟は覚せい剤をさわっていたか。
陳 兄弟は８つの袋の覚せい剤を並べていました。台湾から持ってきたビニール袋を広げて、どうやったらいいか話していました。
── 林兄弟に対して、体への巻きつけ方も不自然にならないように指示したのではないか。
陳 林兄弟は、以前にも大陸から台湾に密輸したことがあるので、経験はあります。「ちゃんとするように。巻きつけても呼吸ができ、快適であれば、不自然に見えない」といいました。
４月１５日午前３時ごろから、林兄弟は巻きつけ作業を開始する。覚せい剤の袋は８つから６つに入れ直した。兄は、左右の脇腹と背中にかけて２袋、大腿部に２袋、弟は、両脇腹から背中にかけて２袋を巻きつけた。午前６時ごろ、４人はホテルのフロントで待ち合わせる。
林兄弟は背広姿である。それを見た朱は、「ああ、わからないね、確かに」と感心した。陳も、林兄のようすを見て、「まったくわからない。もう何度も日本に行っているけど、日本の税関は荷物だけ検査して、身体検査はしない」などと安心させるかのように声をかけた。
しかし、林兄は、「そんなはずはない。歩き方がおかしい。すぐにばれるのではないか」と不安に感じた。やせている弟のほうは、もっと不自然に見えたので、背広の上からハーフコートを着た。
それから、「日本での税関検査用の金だ」といって、陳は林兄弟にそれぞれ１０万円を渡した。所持金がないと怪しまれ、密輸が発覚する可能性が高くなるからだ。
林兄弟は日本に行くのは初めての上、日本語がまったくわからない。そこで、スムーズに通関などができるように、陳が林兄、朱が林弟をエスコートすることに決める。
中国南方航空３８９便は、日本時間の午前１１時１３分、白雲空港を飛び立った。
飛行機は空席が多く、席は自由に移動できたのだが、「体にものを巻きつけているので、呼吸もままならない」。林兄がぐちをこぼすと、「我慢しなさい」と陳がなだめたこともあった。
午後２時２８分、関西国際空港に到着した。決められたとおり、陳は林兄、朱と林弟がペアになって、必要な手続を済ませようと、林弟は、朱の後ろについて入国審査の列に並んだ。ところが、さきに審査を受けた朱が担当官にどこかに連れられていった。
そこで、林弟は、別のゲートに行き、入国審査を受け、無事通過した。そこで、陳や林兄に出会う。林弟が、さきほどの出来事を伝え、陳に朱を待つべきかどうか尋ねた。
すると、陳は、「待たなくていい。さきに行って、空港から出よう」というので、税関のほうに向かった。
── 関西空港で手間取った理由は。
朱 チケットが片道でした。それで、不法就労の疑いで別室へ連れていかれたのではないかと思います。
ほかの３人は往復の航空券を持っていた。日本に５日間ぐらいいて、その後、帰国する予定だった。しかし、朱は当分日本に滞在するつもりで、片道の航空券しか買わなかったのである。
ともあれ、無事に入国審査をパスしたものの、３人は次の税関検査で引っかかり、逮捕されるのである。林兄弟の運んだ覚せい剤は、正確にいうと、４４９８・７６グラムであった。
黒木は、「１５日に行く」という陳からの連絡を受け、空港に出迎えに行ったが、やはり、逮捕された。
税関検査も無事通過し、大阪ミナミのホテルに着いたら、覚せい剤を黒木と朱に引き渡し、林兄弟は５０万円ずつの報酬をもらうはずであった。黒木にしても、安い覚せい剤でぼろ儲けするチャンスであった。
黒木の場合、これまでの密売価格は大体１キロ３００万円だったという。仕入れ価格が２３０万円前後だから、キロ７０万円の儲けという勘定になる。ところが、今回の覚せい剤は、仕入れ代金に経費を加えても、１キロ８５万円だ。陳がどれだけマージン的なものをとるか不明だが、いままでの倍以上の儲けにはなっただろう。
それがまったくの皮算用となり、かれらの一審判決は、０１年９月１２日、黒木が懲役１０年、罰金５００万円をいい渡されたのをはじめ、陳が懲役１０年、罰金５００万円、林兄が懲役６年６月、罰金２００万円、林弟が懲役６年、罰金２００万円であった。
０２年１１月６日、ただ１人、起訴事実を全面的に否認していた朱の判決が下された。５人の被告のうちの最後である。朱が覚せい剤密輸に加担していたのは明らかであり、懲役９年、罰金５００万円とした。
── あなたは、お茶の商売は表向きで、覚せい剤が本業では。
陳 そんなことはありません。お茶の商売を数十年やっています。
陳は台湾マフィアとつながりがあり、日本で１０年以上前から覚せい剤取引を行い、拳銃も扱っていたようだ。覚せい剤密輸の氷山の一角というべき事件であったが、残念ながら、肝心の「北朝鮮」という言葉は、法廷では聞くことができなかった。
（２００２年１１月１１日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など