佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
暴力団拳銃所持事件
０３年１月２５日深夜、２人組が群馬県前橋市内のスナックで拳銃を無差別に乱射し、店の客など４人を射殺する事件が発生した。事件の背景には暴力団同士のトラブルがあったと指摘されている。
２００１年８月、東京都葛飾区の斎場で、住吉会系の最高幹部２人が稲川会系のヒットマンに射殺されたのである。稲川会ではヒットマンの所属する二次団体の責任者ら２人を絶縁処分にする。しかし、これで事は納まらなかったようで、絶縁された責任者らは、何者かによって自宅に火炎ビンを投げ込まれたり、拳銃を撃ち込まれる。前橋市でのスナック乱射事件も、客として来ていた絶縁された１人を狙ったものだった。前年１０月、彼は拳銃で襲撃され、命拾いしていた。
乱射事件から３日後、「やったのは自分だ」などといって、住吉会幸平一家系の幹部が、地元の東京・目白警察署に出頭した。身柄は同事件の特別捜査本部に移され、取り調べの結果、犯行に使用したという拳銃などが市内の川から発見された。しかし、肝心の犯行の状況などについては、「死刑台まで持っていく」と口を閉ざし、詳しい供述を拒んだらしい。銃刀法違反で逮捕されたものの、前橋地検は処分保留で釈放する。わざわざ、自分がやったと出頭した男があらわれたにもかかわらず、事件が解明されるまでには至らなかった。
この男が群馬県警の調べを受けている最中、０３年２月１７日午後４時ごろ、東京都板橋区内で、住吉会系同士の乱闘事件が発生する。同会幸平一家系と土支田一家系との間で、何かをめぐってトラブルになり、幸平一家系幹部が土支田一家系の者に拳銃で足を撃たれたのだ。
もしかすると、トラブルのもとは前橋の乱射事件かもしれない。事件後、警察は住吉会の徹底的な取り締まりを展開した。住吉会内では乱射事件について批判があったのかもしれない。事件の２日後、土支田一家の五味功（仮名・３８歳）が拳銃２丁を所持していたとして逮捕される。彼の裁判で乱射事件の話が飛び出す可能性もある。五味の裁判をマークすることにした。
０３年５月７日午後４時から、東京霞が関の裁判所ビル５階の５２２号法廷で、五味の初公判が開かれた。クリーム色の上下のトレーナーで長髪、ヤクザという顔ではなく、一見やさしそうな印象を受ける。傍聴者は３人ほどで、組関係者はいない。
裁判長が決まりどおり、五味の氏名を確認し、生年月日、本籍、住所、職業を聞く。続いて、検察官が起訴状を読み上げる。
０３年２月１９日、板橋区内の喫茶店で、回転式拳銃２丁を所持したという銃刀法違反だ。
「間違いない」と、五味は公訴事実を認める。２人の弁護人も同じ意見だ。
検察官の冒頭陳述によると、五味は高校を中退し、土支田一家系の組員となる。独身。９９年１月１６日、東京地裁で傷害罪で懲役２年の判決を受けている。事件は前述の乱闘事件を捜査していた警視庁捜査４課に、匿名の男性から電話が入ったことで発覚する。
「（乱闘事件の）拳銃発砲の犯人が、午後３時ごろ、喫茶店で待ち合わせをするそうです」
直ちに、捜査員が板橋区内の喫茶店に張り込む。すると、五味がやってきた。職務質問をすると、五味の着ていたジャンパーの左右のポケットから１丁ずつ拳銃が出てきたというのだ。実弾はなかった。すぐに現行犯逮捕される。
弁護側は警察官の証拠にすべて同意し、要旨が告知される。これで検察官の立証はすべて終了。弁護側は被告人質問を行った。
−− 捜査の最初から認めたのか。
はい。
−− 拳銃２丁の入手したのは（０１年８月、出所祝いとして）横田（仮名）からもらったのか。
はい。
−− その状況だが、あなたが横田にくださいといったのか。
そうではないです。
−− 横田からあげると申し出たのか。
はい。
−− 自宅近くで紙袋に入れて渡されたのか。
はい。
−− 横田から、事前に何を持っていくという話はあったか。
ありません。
−− 横田の話では、「ちょっと話があるから出てきてくれ」ということで会った。紙袋を受け取って、拳銃と気づいたのは。
紙袋を持ったときです。重かったので、そうかなと。やっかいなものを預かったなと思いました。
−− 物騒なものはいらないといえないか。
いえません。先輩だったからいえない。
（その後、横田は死亡した）
−− 今度逮捕されるまで保管していたのか。
捨てようと、処分を考えたができませんでした。軽率に捨てるわけにもいかない。警察に任意提出するのも、自分の周りにやったことのある人間がいなくて、できなかった。
−− あなたが所持していた拳銃を鑑定したら、使用した跡がある。あなたは使ったことがあるのか。
ありません。
−− タマは持っていないのか。
ありません。
−− 最初からタマなしでしたか。
ありません。
−− ２月１９日に所持していたが、なぜ、拳銃を喫茶店に持って行ったのか。
知人に相談して処分したいと思って、その知人と落ち合う約束で持って行った。
−− 拳銃の買い取りという取引ではなく、廃棄の目的か。
はい。
−− 土支田一家に所属しているが、今回の事件で処分はされたのか。
破門されました。
−− それで、だれも傍聴にきていないのか。
はい。
−− 今回逮捕されたことについて、どう考えているか。
あそこで断っておけば、年老いた両親に心配かけることはなかった。
−− 前刑の出所は。
平成１３年６月です。
−− あのときの裁判では、お母さんがみえて、ほんとにまじめになってほしいと訴えていた。あなたは、ヤクザ者として人生をまっとうしたいと考えたのか。
そうではない。
−− ヤクザがおもしろいのか。
いや、そうじゃない。
−− 情状証人として、もう１回、ご両親に出てもらおうと思ったが、あまり酷だからやめてくれと、きみはいった。そのぐらいの恥は持っているのか。
はい。
今度は検察官の質問だ。
−− 乱闘事件で発砲のあったことは知っているか。
いま、聞いて知っています。
−− 警察ではこの発砲事件の関係者ではないかと調べを受けているか。
はい。
−− もし、ほんとに発砲に関係しているんだったら、今度のと一緒に裁判を受けることも可能だが、一緒に受けたら１つの求刑になる。この事件の判決後、発砲に関係しているということで、殺人未遂や傷害で逮捕されると、もう１回処罰を受けることになるのはわかるか。
はい。
−− ほんとにやってたら、話していいかどうかの判断はできるのか。
はい。
−−いま、いったような併合の利益を、弁護人から説明を受けてわかっているか。
はい。
検察官は、乱闘事件のことも話せば、今回と別々に裁判するよりも刑は軽くなると、しきりに自白を促すが、五味は語らず。
裁判長も五味に質問する。
−− 拳銃関係の事件は、刑罰も重くなっているのは聞いたことはあるか。
あります。
これで審理を終えていいのか検察官に尋ねる。検察官は、五味を乱闘事件に際しての発砲の容疑者として捜査し、追起訴もあり得るが、現段階では、追起訴するだけの証拠は集まっていないと述べる。弁護人は結審していいという。
そこで、検察官が論告・求刑を行う。真正拳銃２丁の所持であるが、その入手経路、所持理由は納得できない説明をしているなどと述べ、懲役３年６月を求刑した。
弁護人は最終弁論をする。拳銃は出所祝いとして譲り受けたが、タマは持ってなく、所持についての取り調べには素直に応じているなどとして、寛大な判決を求めた。
五味は、「これからは、両親、家族に迷惑をかけないよう、まっとうに生きたいと思います」と述べた。
初公判は３０分ほどで終わり、前橋事件どころか、乱闘事件についてもまったく話が出ず、肩すかし。６月１１日、判決が下されたが、懲役３年、未決算入５０日、拳銃は没収であった。
考えてみれば、前橋のスナック乱射事件の犯人は死刑になる可能性が大きい。自分がやったと、のこのこ出頭するケースではない。必死に逃げ回るに違いない。そして、万一、その事件に関連して乱闘になったとしても、五味がぺらぺらしゃべるはずはないのだ。
（２００３年６月２０日掲載、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など