佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
覚せい剤大量所持事件・留学生の転落
０３年５月２０日、東京・霞ヶ関の裁判所ビルの４２２号法廷。４人の被告が看守につれられて入廷する。４人とも中国人だ。そのため、中国人女性の通訳が入る。しかし、日本語がかなりわかる被告もいて、通訳なしで直接答えていたこともあった。
４人は共謀して、覚せい剤約１４６・５キロを営利目的で所持したという罪だ。４人のうちの１人が張王平（仮名）である。年は３０を少し超えたぐらい。中肉中背で、眼鏡をかけ、坊主頭。
罪状認否では、｢間違いありません｣と答える。ほかの被告も事実関係についての争いはない。初公判だけ４人をあわせて審理したが、その後、３組に分離され、３回目の公判で判決が下された。
張は、王全利（仮名・４３歳）とともに裁判を受けたが、第２回公判で行われた被告人質問を中心に、覚せい剤大量所持事件に関与した留学生の転落話を紹介する。
張は大連出身。大連には、電話会社に勤務する父、学校の数学教師の母、水道会社に勤める弟がいる。張は大連理工大学を卒業し、日系の会社に５年勤務するが、退職し、９９年４月、留学目的で来日する。日本語学校や語学学校に通い、日本語と英語を学んでいた。
弁護人 語学学校では、０２年５月から５２万円の奨学金をもらっていたが。
張 授業への出席率が１００％で、成績もよかったから。
弁護人 ことし３月、語学学校卒業後は大学へ進学する予定だったのか。
張 北見工大にいく予定だった。
弁護人 将来は、何をやるつもりだったのか。
張 機械関係の日系の会社に勤めたい。
このような人生設計に基づいて、勉学に励み、大学進学を目前に控えていたとき、事件にタッチしたのである。
張はアルバイトをしていたが、事件前は、弁当会社で働いていた。共同被告の王は、その職場の同僚で、東京・杉並区内の部屋に同居していた。王は上海出身。００年１２月、来日したが、中国に妻子がいる。
王がパチンコ屋でしりあったのが劉小金（仮名・５０歳）だった。劉は王と同じ上海出身で、８８年１２月、来日したが、９２年、不法残留で中国に強制退去させられた。しかし、９６年９月、仙台空港で乗員上陸許可で入国。以後、本人の説明によれば、裏ロムを使って不正工作をしたパチンコの打ち手として、生活費を稼いでいたという。中国に妻子がいるが、日本で愛人と同棲していた。
劉は、かねてから覚せい剤密売に関係しているとして、警察からマークされていた男でもあった。
０３年２月中旬、劉は、「おとなしい性格で、ヤクザとのつきあいがない」王に、話をもちかける。すると、王が、｢劉から頼まれたが、うまい話、でかいもうけ話がある｣と、張を誘った。自分たちの部屋に荷物を保管するだけの、ちょっとした仕事で、それぞれ１００万円もらえるというのだ。
王は近々帰国する予定で、まとまった金がほしかった。張は、｢お金のためではない。たった１００万のため、自分の将来を棒に振るつもりはない。１００万円の貯金があるし、中国にもある。そんな貧乏暮らしをしていない｣などと被告人質問で答えたが、｢うまい話｣は魅力的だった。貯金に加えて１００万円あれば、大学に進学してもアルバイトをしないで、勉学に打ち込める。張は、王とともに劉の話に乗ったのである。
０３年３月１日、東京・府中市内のホテルの２５０７号室に、男がチェックインした。キャリーバックを持っていて、「３月８日まで宿泊」の予定である。
３月２日朝、劉のもとに、中国の覚せい剤密輸組織から、「ホテルに取りに行け」との連絡が入る。
３月２日夜、張と王に対し、｢ほかの荷物に隠して、検査に引っかからず税関を通過したが、荷物が多いので、一緒に運んでほしい｣という指示が、劉からあった。荷物とは覚せい剤のことだと、２人にはわかっていた。
３月３日午前９時ごろ、東京・府中市内のコーヒー店で落ち合った。張、王、劉のほかに、もう１人、毛新東（仮名・４０歳）も加わった。毛は、以前から日本国内で、中国人の覚せい剤密売の手伝いをしていた。劉とも顔見知りだった。
その後、劉はどういうわけか、外で待機し、劉の指示のとおり、張らがコーヒー店の近くにあるホテルの２５０７号室を訪ねる。そこには氏名不詳の中国人がいて、黒いスーツケースが６個あった。スーツケースの中身は覚せい剤であり、全部で１４６・５キロはあった。どのような方法で密輸されたのかは不明だが、２月中に大量密輸されたものの一部だと見られている。
ものすごい量の覚せい剤を見た張は、「想像を超えていた。そんなにたくさんじゃないと思っていた」。しかし、こうなったら、素早く仕事をする以外に手はない。張と王は、６個のスーツケースのうち５個を受け取り、タクシーに乗りこみ、杉並の自室に向かう。
張と王の住んでいるのは四畳半の部屋。ほか部屋にも人が住んでいる。
検察官 わざわざ部屋のかぎをつけかえたが、ほかの居住者に見つかるとまずい。見つかると、警察に通報すると思ったからか。
張 万一、密告されたら、責任は私にきてしまう。
買ってきたのは、かぎだけではない。ハカリやチャックつきビニール袋も買った。それを使って、覚せい剤を１０１０グラムずつビニール袋に小分けもした。
一方、毛のほうは、ホテルを出て、午後１時ごろ、そのうち１１０グラムを、覚せい剤を買いたいという暴力団幹部にサンプルとして渡す。品物の質を確認した暴力団幹部は、２０キロを買うことになった。毛の自宅には、１４・５キロしかない。張の部屋で保管している覚せい剤の中から５・５キロを加える必要が出てきた。
そこで、３月４日、劉の指示で、張は５・５キロを赤羽まで届けることになり、タクシーで向かった。引き渡し直後、劉と同じく以前から警察にマークされていた毛は、職務質問され、覚せい剤所持で現行犯逮捕される。毛の自宅からは、約１４・５キロの覚せい剤だけでなく、ベッドのスプリングの部分から、毛が自分で使っていた覚せい剤約５グラムも発見された。同時に、張の部屋も捜索され、覚せい剤約１２６・５キロが発見された。張と王も現行犯逮捕される。
裁判長 もし、あなたの国で、同じような事件をやったら、どのくらいの刑になるか。
張 まず、中国では決してこのようなことをしていないが、死刑です。
検察官は、「劉が中国の密輸組織と連絡し、日本国内での運搬、保管の首謀者で、張らはそれに荷担した組織的、計画的犯行」などと論告し、２人に、懲役１２年、罰金２００万円を求刑した。
一方、張の弁護人は、｢名ばかりの留学生ではなく、模範的な勤勉な苦学している留学生。被告の転落は、３月２日夜から４８時間だけ。将来、親日派になる有為の人材。刑務所行きは日本の国益にも反する。１日も早く帰国させ、日中交流の役に立たせるべきだ。本人は懲役１０年を覚悟しているが、まっ白な心で判断を願う」と最終弁論を行った。張の部屋の大家からは嘆願書も提出された。
王は、「とても後悔しています」と最後に述べたが、張は、「特にない」の一言だけ。
０３年８月１３日、２人に判決が言い渡された。それぞれ、懲役９年、罰金２００万円、未決９０日算入である。わずか１００万円のうまい話に乗っかって、張の人生設計は完全に狂った。
ちなみに、劉は懲役１６年、罰金５００万円、未決９０日算入、毛は懲役１２年、罰金３００万、未決９０日算入であった。
（２００３年８月１５日掲載、著作権者・サクマ テツ）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など