佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
沖縄覚せい剤大量密輸事件（上）
２０００年３月２日、沖縄県那覇市の民家で、約２００キロの大量の覚せい剤が押収された。中国から洋上取引で密輸されたものである。関係者が次々と逮捕され、８人が覚せい剤の密輸、営利目的所持などで起訴された。
８人の中でも、佐々木栄二は主犯格の１人であった。同年６月２１日の初公判から０１年１０月１６日の判決まで、東京地裁で行われた佐々木の公判での被告人質問を柱に、大量密輸事件の概要を報告する。
佐々木は生粋の日本人ではない。台湾に古くから住む本省人と呼ばれる台湾人を両親に、１９３１年、台湾で生まれた。父親は地方公務員で、兄弟は７人、その長男だった。日本の統治下で育つ。国民学校で日本語教育を受けた。
戦後、中学を卒業し、国立の師範学校に進学する。師範学校を選んだ理由は、兵役を免除される上、こどもの教育にも関心があったからだ。５２年、卒業後、国民学校の教師になる。約１０年勤務して、副校長になったが、当時は蒋介石政権時代だった。「戒厳令下で自由がない。日本に行きたい」と教師をやめた。
そのころ、結婚していて、こどもが３人いた。佐々木が、「自由を求めて日本に行きたい」と話したとき、家族は賛成してくれた。日本に行く前、「少し商売の勉強をしよう」と、台湾にある日本の製薬会社の代理店で働く。
６４年、佐々木は来日して、中華料理店で通訳のような仕事をする。そのかたわら、中華食材、ウナギの輸入の仕事にも関与した。その５、６年後、台湾から家族を呼び寄せ、東京都大田区内に住む。自分で中華料理店を開店した７６年、日本に帰化する。
当然のことながら、佐々木は法廷で通訳なしに供述したが、日本語はたどたどしい。
弁護人 日本国籍をとった理由は。
佐々木 当時、台湾と中国の関係は、中国が攻めてくるとかで不安定でした。また、（７２年に）日本が中国を認めた。私たちはすごく不安定になった。それで、家族みんなで日本に帰化しました。
中華料理店の経営はうまくいっていたというが、７８年、佐々木は台湾に出かけ、そこで事件を起こすのである。
弁護人 ７８年、台湾に行って、反政府活動したというが、具体的には何をしたのですか。
佐々木 戒厳令反対のビラをまきました。
弁護人 １人でか。
佐々木 ビラは私１人です。
弁護人 ビラは何枚まいたのか。
佐々木 何万枚。
弁護人 それで、逮捕されるのか。
佐々木 日本国籍を認めないで、生まれは台湾だからといって自由を失いました。
弁護人 戒厳令の下、日本人のあなたがビラをまいたことが罪とされたのですか。
佐々木 ビラをまく前、日本の新聞で、日本人が反政府活動をやって逮捕され、２カ月で帰ってきたとあった。しかし、私は日本人と認められなかった。
弁護人 そのとき、日本政府の援助は。
佐々木 何かあったらしいが、中に入っていたので、はっきりわからなかった。
弁護人 日本の台北の連絡事務所の人がようすを尋ねにきたことは。
佐々木 軍事裁判だから、会いにきたことない。英国のアムネスティインターナショナル（国際人権救援組織）から会いにきたことがあった。
弁護人 判決は。
佐々木 私は無期懲役でした。
７９年４月１８日、読売新聞は、次のような共同電を掲載した。
「台湾の軍事法廷は、１６日、『北京のスパイ』として、昨年１０月以来摘発された男（５４）ら１５人に対する判決公判を行い、この男に死刑、その他１４人に、２年から無期までの、いずれも禁固刑をいい渡した。判決によると、主犯のこの男は、在日中国大使館の指令を受け、昨年１２月の立法院補欠選挙を利用して、反台湾活動を広げようと台湾に潜入した」
「東京の信頼できる台湾関係筋が、１７日、明らかにしたところによると、同事件に連座して、台湾訪問中に逮捕された日本国籍の帰化台湾人、中国料理店兼ホテル経営、佐々木栄二さん（４７）は、『反乱罪』で無期の有罪判決をいい渡された」
佐々木は控訴したが棄却され、服役することになった。服役中、こどもや台湾にいる兄弟は面会に来てくれた。
弁護人 無期懲役の判決を受けて、どういう気持ちだったか。
佐々木 台湾のためにやっている。後悔していない。一生出れないとは思っていなかった。事件大きい。世界各国が注目して、台湾は民主化されて必ず自由になれると思いました。
その後、蒋経国総統の死去、戒厳令解除に伴う二度の恩赦で、無期懲役から１５年、さらに１０年に減刑され、８８年８月、出所する。
弁護人 １０年は長かったか。
佐々木 そのときはそう考えなかった。すごく楽だった。中で、また、政治活動をやっていた。台湾人のためにやっていたから、そんなに苦しいとは思わなかった。
弁護人 出られるというときは。
佐々木 出てきてうれしかった。
出所してもすぐには日本に帰国せず、教え子たちとの再開などを楽しんだ。８８年１２月、日本に帰るが、妻とは離婚する。こども３人のうち、息子は独立しており、娘２人がいたが、妻は家を出ていく。８９年６月、私立大学を卒業して、通関業務の会社に勤めている日本人女性と再婚する。最初、妻のマンションに住んだが、娘家族が家を出たので、９３年、佐々木夫婦は大田区内の家に移る。
今回の密輸事件で、佐々木と並んで主犯格の１人として起訴されたのは、東京に住む山口達夫（５６歳）である。山口は若いころから暴力団の組員で、９７年ごろ、組を破門になる。左手の小指をつめている。覚せい剤の前科が３回。ここ１０年ぐらいは逮捕歴がない。中肉中背だが、がっしりして、精悍な顔つきだ。
起訴された３人目は、都内で印刷会社、貿易会社などを手広く営む高山昌之（６７歳）だ。７３年、ウナギの輸入で佐々木としりあい、以後、佐々木がマグロなどの魚を紹介して、高山の会社が輸入し、築地市場に卸していた。また、アメリカから香港にタバコを輸出する取引も一緒にやった。高山が金銭的に苦しいとき、佐々木から金も借りた。
ここ数年取引はないが、親しくつきあっていた。娘３人の父親だが、この年齢からすると、孫もいるはずだ。白髪頭の温和な性格のようで、法廷で供述する口調もやさしい。
この３人が最初に顔をあわせたのは、事件の５、６年前ごろだった。そのころ、組は違うが、兄貴分である男から山口に電話が入る。「高山が陳という男を連れていく。何かおもしろい話がありそうだから、会って話を聞いてくれ」といわれ、都内のホテルの喫茶店で会った。
佐々木が高山に連れられて、山口に会ったとき、山口は本名をいわず、村田と名乗った。高山は用事があったので、すぐに帰る。佐々木と山口との話は大したことなく、「そのうち、おもしろい話を持ってくる」と佐々木がいった程度で別れた。
このとき、山口はカラオケボックスをやっているという話だった。とても水産物貿易をやるような相手ではないと高山は思ったそうだ。山口のほうは、相手が台湾の人間だし、自分に対しておもしろい話というのだから、覚せい剤関係の話だろうと思った。
その後、佐々木と山口は数回会ったが、案の定、佐々木から覚せい剤をさばけないかという話が出た。山口は、当時、大量にさばける状態ではない。「５本（５キロ）から１０本（１０キロ）ぐらいが自分の器量」と考えていた。
量はともかく、値段が問題であった。山口は値段さえあえば、売り先はいくらでもあった。佐々木は、最初１キロ２００万円で売りたいという。その後、値段を下げて、１キロ１７０万円を提示してきたが、「私たちが相手に売るぐらいの値段。私が買っても商売にならず、だめだ」と山口は断り、覚せい剤の取引は実現しなかったという。
村田こと山口は、佐々木の公判などでこのような証言を行った。
弁護人 山口の証言では、９４年ごろ、あなたと高山に会った。あなたは山口に覚せい剤の売り込みにきたのか。用件は何でしたか。
佐々木 台湾からウナギ、マグロの輸出する陳が、「村田に電話してください」と高山さんに頼んだ。陳が日本語わからないから、かわりに会ってくださいと頼まれ、私が会いました。
弁護人 この人の用事は、覚せい剤を村田に紹介してくれということですか。
佐々木 白い砂糖といっていました。
弁護人 それで、あなたは何と思ったのですか。
佐々木 ヤバイものと思いました。
弁護人 どうしてですか。
佐々木 陳がやっているのはウナギ、マグロ。それが、急に白い砂糖といったので、ヤバイと思いました。
弁護人 陳に白い砂糖といわれて、覚せい剤と思ったのですか。
佐々木 思わなかったです。
弁護人 しかし、山口と会って、陳の話を伝えたとき、何かわかったのではないですか。
佐々木 そのときわかったような気がしました。
弁護人 どんな話をしたのか。
佐々木 「白い砂糖を持ってきたら受けるか」といっただけです。
弁護人 山口がヤクザであること、小指が欠けていることはわかりましたか。
佐々木 顔を見てヤクザとは思わなかった。あとで、小指を詰めていることから、おかしいと思いました。
弁護人 その後、何度か山口に会いましたか。
佐々木 ３、４回。
弁護人 用件は。
佐々木 別になかったけど、村田から会いたいと連絡があり、「陳が持ってくるといって、持ってこない。いつ持ってこられるか」といわれました。
佐々木は山口に覚せい剤取引を持ちかけただけではなく、肝臓の悪い山口のために、中国からヘンシコウという漢方薬を買ってきたことがある。この薬は日本では１箱１０万円もするが、佐々木は１箱３万４０００円ぐらいで買ってきて、山口に渡したこともあった。数年間、２人の間ではこのようなつきあいが行われていた。
そして、今回の密輸話が持ち上がる。佐々木が台湾で刑期を終えて出所したとき、台湾の高雄で日本料理店をやっていた劉春興という男が、友だちと一緒に食事に招待してくれた。劉も本省人で、これが劉との出会いだった。
９８年になって、劉のしりあいが、「日本の野菜の市場を見たい」と佐々木を頼って来日した。そのとき、劉が中国福建省の廈門で農場を経営していることをしった。しぱらく過ぎた９８年１２月、佐々木が別の用事で中国に行ったとき、ついでに廈門に立ち寄り、劉と再会する。当時、劉は５２、３歳だったという。
弁護人 劉と何を話したのか。
佐々木 昼間、農場を見て、夜、劉から、日本にいる持田と海上取引したいが、船はあるかと聞かれました。
弁護人 野菜市場の話は。
佐々木 出た。それが一番重要な話です。
弁護人 農産物に関して、具体的な話は。
佐々木 椎茸みたいなもの、漬物、生姜の技術を持っている人がいれば紹介してくれと。日本に持ってきてやりたい。最後に海産物の話になりました。
弁護人 海産物の話のきっかけは。
佐々木 「海産物を海上で取引したい。持田という人に船を探せるか聞いてください」といいました。
弁護人 海産物といわれて、何と思ったか。
佐々木 ヤバイと思った。海上取引だから。正式の輸入できるものなら、船を探す必要ない。
弁護人 具体的には何だと。
佐々木 船を探せるかどうかわからず、あんまり聞いていなかった。
弁護人 持田に心当たりはあったか。日本で知っている人と。
佐々木 心当たりない。
持田の電話番号を教えられ、日本に帰る。９９年１月、その電話番号にかけたところ、相手の声が以前からつきあいのある村田であった。持田と村田は中国語の発音が似ているそうで、佐々木が聞き違えたことがわかった。２人は東京都江東区の錦糸町駅近くで会い、山口の車の中で話し合う。
弁護人 まず、村田とどんな話をしたか。
佐々木 中国にいるしりあいが、もし、船があれば、村田さんと海上取引で海産物の取引したいと伝えた。
弁護人 相手が村田である。このことから、劉のいう海産物が覚せい剤と思わなかったのか。
佐々木 ヤバイものと思った。
弁護人 取引相手が村田だったからか。
佐々木 陳と劉がしりあいだったと思う。そうでないと、劉が村田の名前しらない。だから、ヤバイと思った。覚せい剤と思ったけど、はっきりわからない。
弁護人 覚せい剤という言葉は出たのか。
佐々木 出てない。海産物といった。
弁護人 「船を探せるか」と。
佐々木 村田は探せるといった。
山口のこのときの記憶は少し違う。「中国から覚せい剤を１００キロ、船で持ってくるのだけれども、こちらで受け取る船を探してくれないか。来たら、さばいてほしい」と、山口ははっきり聞いた。ともあれ、山口と会った後、佐々木は劉に報告した。「船が探せたら連絡してください」といわれる。
船探しをする一方、２人の連絡に使うため、山口は佐々木に携帯電話を渡す。佐々木は自分の携帯電話を持っていたが、「ヤバイ仕事。村田のほうで１本つくってくれるというので、もらった」。山口の電話番号がセットしてあり、ボタンを押すだけで通じる。
佐々木が山口に船探しを持ちかけて、半年ほど経過した９９年夏ごろ、山口から運ぶ量がはっきりわからないと船が探しにくいという話が出た。佐々木が中国にいる劉に確認すると、１００キロから２００キロのベイフン（白い粉）といわれた。
弁護人 このとき、あなたの報酬の話が出たか。
佐々木 連絡のお礼で出た。
弁護人 あなたから聞いたのか、あっちからか。
佐々木 向こうから、連絡してくれれば、あとでお礼を２０００万円くれるといいました。
弁護人 村田に連絡とって、船を用意できて、取引がうまくいったら２０００万。
佐々木 はい。
このころ、佐々木は１３００万円ほどの借金があり、必死だったという。佐々木は、「船、まだ見つからないですか」と山口に何回も催促する。山口は青森、茨城方面を探しているようすだが、「いや、パパ、すぐに右から左に、こういう仕事する人間はなかなかいないよ。ちょっと待ってよ」と弁解する。
佐々木は大宮という偽名を山口に名乗っていたが、しりあって１年ほどして、山口は、佐々木が年上というので、佐々木のことをパパと呼ぶようになっていた。２人は最後までお互いの本名をしらなかった。
山口の船探しは一向に進展しない。９９年９月ごろ、佐々木は高山に船を探していることを話す。すると、高山は、「昔、沖縄で仕事をやっていたから、沖縄にしりあいがいる。聞いてみようか」といった。
弁護人 船は何に使うと話したのか。
佐々木 海上取引で海産物だと。
弁護人 高山は納得していたか。
佐々木 「わかりました。聞いてみましょう」と。
弁護人 沖縄で船が見つかったら報酬もらえるかと、高山から出ましたか。
佐々木 「探せたら、私はどれくらいお礼をもらえるか」といわれた。大きい１本と左手を上げました。
これは佐々木の癖で、数字を口に出さず、指や手であらわす。
弁護人 １０００万か。
佐々木 私の気持ちでは。
弁護人 あなたの報酬の２０００万のうち１０００万を渡すということか。
佐々木 高山さんは困っていた。私の自宅の土地も高山さんのために担保に入れている。
高山は、当時、会社の負債が３億円あって、毎月の返済額が約２００万円から３００万円あったという。
弁護人 あなたも借金で困っている。
佐々木 でも、高山さんがつぶれたら、私のほうも同じ連帯関係になる。
弁護人 高山は、報酬として５００万、あるいは３００万と話しているが。
佐々木 私は大きい１本と、こう左手を広げて上げました。
高山の報酬については食い違いがあるが、高山の沖縄にいるというしりあいが、起訴された４人目の上原友治（５９歳）である。上原は、沖縄の日本復帰前、高山の会社の沖縄営業所長として水産物関係の商売をしていた。
その後、上原は会社をやめたが、高山には１０００万円近くの借金があり、高山には「義理も恩義もあり、頭が上がらない」人だった。８８年ごろからフィリピンで暮らし、家族もいた。水産物を沖縄に輸出する仕事をしていたので、いろいろな打ち合わせのため、出身の沖縄には年に数回帰ってきた。
９９年にも、７月、沖縄に帰る。８月、高山に電話して、東京で売れそうなものを相談した。いろいろな商談の中で、上原の沖縄のしりあいが持っているモズクの在庫をさばく話も出た。一斗缶で１万缶ぐらいをさばいてくれと依頼されていたのである。１缶当たり４０００円から５０００円の間で、合計４０００万から５０００万円になる。高山は、「モズクは相場もの。上がるか下がるかわからない。様子を見よう」といった。
９月に入って、高山から上原に連絡が入る。「自分のしりあいの人が沖縄に行く。紹介するから、会って、話を聞いてみろ」という。
一方、佐々木から高山のしりあいの話を伝え聞いた山口は、１０月３日、自分の運転手などに使い、小遣いを与えていた吉野明（２９歳）に、「覚せい剤の密輸の打ち合わせで、上原に会って、使えるかどうか見てこい」などと指示した。吉野は中村という偽名を使う。起訴された５人目の男である。
１０月４日、上原は、「中村という者があした行く」と高山から連絡を受ける。「飛行場で迎える必要があるか」と聞いたら、中村が着いてから連絡するという。
翌日の５日、中村は女友だちと一緒に沖縄に行き、上原に連絡をとる。中村の泊まっている宜野湾市内のホテルの部屋で会う。中村はやせ型で背が高い。きちんとしたビジネスマンの態度、言葉づかい、服装もいい。上原は質のいいサラリーマンと思った。それに反して、「ちょっと悪いことをするには、注意が足りない。ルームナンバーを知っているのに、フロントを通して会いにきた」などと、中村が上原を見た目は厳しかった。
１５分か２０分の短い話だったが、中村は上原の家庭の事情などをいろいろ聞き、「外国から品物を運ぶ船を見つけられるか。品物の受け取り方は外国まで行って、海の上で品物を受け取って来る」と用件を話した。密輸ということはすぐわかったが、「当たってみましょう」と、上原は答えた。
その翌日、上原は高山に報告の電話をする。「危ない話だっただろう。自分は関係ないが、どうだ、やってみるか」と高山が聞く。上原は密輸の経験はないし、無理と考えたが、「一応、当たってみましょう」と返事した。それから、「まだ、見つかりませんか」「引き続き当たっています」というやりとりが頻繁に行われる。
上原は、外国まで行くなら１９トン以上のマグロ船ぐらいでなければ遭難するおそれもあると考えた。「マグロ船ぐらいの船はないか」と岸本敏（５８歳）に相談する。起訴された６人目の男だ。
岸本は、６９年ごろから貿易業に従事し、上原と親しい友人であった。声をかけられた岸本は、「当たってみよう」とは答えたものの、尖閣列島の問題もあるし、船と船が日本の領海内で落ち合えば、海上保安庁が見張っているし、領海すれすれでも海保のレーダーに映るなど、ほかの失敗の事例もあげ、「そういう危ない話はさわるな」と船の手配を断った。
そこで、１１月上旬、上原は、那覇市内に住むしりあいの瀬長勇（５１歳）に、「東京の人が外国から荷物を持ち込む船を探している」と冗談半分に声をかける。起訴された７人目の男である。すると、「そういう仕事はおれにしかできない」などと話に乗るような口ぶりだ。
瀬長は貿易業を営み、中米のベリーズに会社を持ち、船も所有していた。その船はフィリピンと沖縄を何度も往復している。その船を使えば疑われにくい。「この人なら、引き受けてくれそうだ」と上原は内心で思った。予想どおり、瀬長は持ち船のワールドワン号（約６０トン、長さ約１８メートル）を使うことを了解する。
ただし、自分の名前は中村たち東京側に明かさないようにという条件だった。
その翌日、早速、上原は、中村と高山に、「頼まれた船の件を引き受けてくれる、信用できる人が見つかった」と伝える。佐々木から聞いて、「それだったら、助かった」と山口はいった。以後、上原は密輸を実行する沖縄側の連絡役として、中村や高山らの東京側との連絡などにあたる。
洋上取引に使う船は見つかった。次は、沖縄の実行グループに払う報酬の件を決めなければならない。洋上取引にかかる費用は、佐々木と山口の間で、「村田さんのほうでもってください」「もしも、この仕事をやるなら、私がもとう」という合意ができていた。
２人で相談した結果、船主に支払う報酬は、支度金として５００万、戻ってきたら５００万、その１週間後に５００万の合計１５００万円。上原への報酬は３００万か４００万円とした。この金額は、中村を通して、上原に伝えた。
上原はその金額を瀬長に伝える。すると、瀬長は、「上原さんは何もしらない。こんな安い金で、こういう仕事するバカはいない。４０００万以上で相手に条件を聞いてください」と大変不満で、上原に再交渉を求めた。上原が中村にその旨を伝えると、「自分の社長と相談して連絡する」と返事があった。
翌日、連絡があり、「自分の社長とも相談したが、船主への報酬はあなたの報酬を含めて３０００万。これで頑張って交渉してくれないと、あなたの報酬もなくなる」といわれる。交渉の結果、瀬長は２５００万円で承諾し、上原の報酬は５００万円と決定した。
上原はフィリピンのミンダナオ島で水産加工をしていたが、さらに魚をグレードアップして、岸本と組んで商売しようと考えていた。そのほかに借金もある。５００万から６００万あれば何とかなると考えていたので、ちょうどいい稼ぎになるはずだった。
瀬長はフィリピンから沖縄の海をよくしっているので、いろいろ注文をつけ、実行計画に積極的に関与した。まず、覚せい剤の量について、上原を経由して中村に尋ねたところ、「マグロが２０本で２００キロ」ということだった。しかし、上原もほんとうにマグロだとは思わない。沖縄の実行グループ間では、
以後、覚せい剤という言葉はだれも口に出さなかったが、覚せい剤だということは以心伝心でわかっていた。
当初、１００キロだったのが、その後、２００キロと確定したのは、劉が１００キロでは採算があわないと考えたからだ。そこで、「村田さん、もう１００キロ、向こうは追加してもいいといっている。どうですか」と佐々木から持ちかけられた山口が、「やるなら、１００も２００も同じ。かまわないよ」といった。それで２００キロになったというのだ。
瀬長は、「数量を半分に減らせないか」と要求したが、「２００キロでやってくれ」と中村から返事がくる。「海に落ちても商品にダメージがないように、コンパクトに厳重に梱包しろ」ということも瀬長は求めた。
さらに、洋上取引した後、覚せい剤を陸揚げする場所が重要である。瀬長は、総合的に判断して、沖縄本島も石垣島もだめで、海上保安庁の警戒のゆるい宮古島だったら１００％成功すると決めた。沖合の船からゴムボートで陸揚げするというのだ。
これに基づいて、上原は宮古島で陸揚げした後、宮古島で引き渡すという交渉を中村と行ったが、「沖縄本島まで持ってきてくれ」と断られた。宮古島から沖縄本島まで、上原が運ぶことになった。さらに、東京まで運べば、「あと５つ（５００万円）上乗せする」といわれ、結局、東京まで上原が運ぶことになった。
宮古島から沖縄本島、沖縄本島から東京までの運ぶルートが決まり、１２月１３日、上原は高山あてにファクスで送った。これ以後、たびたび上原は中村への電話連絡とともに高山にもファクスで連絡する。高山に対しては、かつて話の出た「モズクの件」として、高山の会社の人間が見てもおかしくないように偽装したのである。
肝心の洋上取引の場所だが、これも瀬長が決める。中村から、「外国に打ち合わせに行く。相手がオーケーするか、問題があるか検討するので、場所を決めてほしい」といわれた。
瀬長はフィリピンのルソン島北部のアパリを中心に、エビや魚の買いつけをしていて、その辺の海域にも詳しい。台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡に面するフィリピン北端の無人島であり、灯台のあるヤミ島、ノース島の近辺以外はだめだという。ここなら、台湾や日本のレーダーも届かない。そこで、取引の場所は東経１２２度、北緯２１度１５分のフィリピン領海内となる。
上原は、東経、北緯などを忘れないように、１２２ペソ×２１．１５ペソと手帳に書き込む。早速、中村、高山に伝えた。洋上取引の場所が決まり、佐々木は劉に電話で連絡する。「場所はそれでいい」と劉は了解した。いよいよ密輸の実行の段階である。洋上取引の時間は午後９時と双方が確認したが、取引の日にちは日本側の準備が整い次第、劉に連絡することになった。
ここで、瀬長は、「前金をもらわない限り、仕事があったことにはならない。５００万ほしい」と当然の要求を出す。これを受けて、上原が支度金を払ってほしいと中村に伝えると、「ちょっと無理」と渋り、しばらくして３００万を提示したが、結局、３５０万円で合意した。
弁護人 上原に１０００万、船主に２５００万。これは劉に報告したか。
佐々木 経費３５００万かかるといいました。
弁護人 劉の側でいくらで売ってくれという話はあったのか。
佐々木 ３５００万を劉が持つなら、１キロ１６０万。日本側で持つ場合、キロ１３０万から１５０万の間といいました。
弁護人 お金（覚せい剤代金）はどういう経路で劉に渡るのか。
佐々木 荷物を渡して１週間後に、劉のほうから集金する人を寄越す。
弁護人 最終的に、山口との間では、値段が決まったか。
佐々木 いま、相場よくない。荷物きてからじゃないと、といいました。
弁護人 ３５００万はいつ払うと。
佐々木 はじめに３５０万払って、あと、荷物が東京に来たら、村田がさばいて、１日おいて、上原に渡すということでした。
弁護人 ３５０万をだれが負担すると。
佐々木 村田。ところが、なかなか金をつくれない。村田が、「あんた、高山さんのところで借りて、利子も払うから。（品物が）来たら、後できれいに払うから」といいました。それで、高山さんに頼みました。
弁護人 どうして、あなた、高山が用立てすることになったのか。
佐々木 村田が金ない、借りれないと。「高い利息でも払うから、どこかで借りてください」といいました。高山さんは上原のほうと話したから、高山さんの信用問題もあると思った。いま考えて見れば、村田のペースにのった。
この点、佐々木の供述は、次のようなものだった。山口と佐々木の間で、この仕事（密輸）をやるかやらないかは、山口が支度金を払ったときだとなっていた。支度金というのは、「仕事をやる以上、さきにいくらかでも投げないと動かないだろうという話」の金だ。
上原が、「ゴムボートを買うので、早く、支度金をくれ」と要求してきた。山口は、「ちょっとおかしい。遠洋航海の船ならゴムボートぐらいは積んでいるはずだ。私は漁師の子だから、それはわかる。にもかかわらず、ゴムボートを買うといってきた。うそじゃないか。これはお金を持って逃げるんじゃないか。あの人間ではこの仕事は無理」と思った。
というのも、それまで、中村と上原の連絡がうまくいっていなかったのだ。「向こうが何時に連絡するといっても、電話がかかってこない。約束した時間にこっちから電話しても通じない。あんないいかげんなやつはだめだ」と感じていた。そこで、山口が、「どうなっている。連絡つかないじゃないか」というと、佐々木から高山経由で上原に連絡が行き、ようやく中村と上原の連絡がつくということもあった。
それで、「パパ、これ、ちょっとおかしいよ。もしも金を渡したら、フィリピンに女房、こどもがいるから、そっちに逃げちゃうよ。今回、やめよう」と佐々木に話した。すると、「そんなことない」と佐々木は否定したものの、山口が強くいうので、「わかりました。じゃあ、やめまましょう」と、密輸計画を断念することを了承した。
ところが、それから、４、５日して会ったとき、佐々木は「村田さん、どうしても、この仕事はやらないと困っちゃう。高山さんの会社もつぶれちゃう。苦しいからやろう」と山口に翻意を促す。「パパ、いったん断ったのに。悪いことはスムーズにやるからできる。やったり、やめたりでは」と断った。
「じゃあ、村田さん、私のほうでなんとかやるから、品物がきたら買ってくれますか」「ばかなことをいって、素人ができるわけないじゃないですか。金は貸せない。勝手にしろ。値段があえば考える」と山口は突っぱねたという。
結局、支度金に関しては、佐々木が、「早くどっか借りるところがあったら見つけてくれ」と高山に頼み、高山も「何とか見つけよう」とした。やっと、佐々木が連帯保証人となり、高山が友人から３５０万円を借りた。高山は２カ月前に上原に２０万円を貸していたので、その分を差し引き、１２月１７日、高山の会社名義で、都市銀行の築地支店から３３０万円を上原の指定する銀行口座に振り込んだ。
上原はそのうちの２００万円を瀬長、岸本に２０万を渡し、残りの１１０万円を自分が取った。この話を聞いて、山口は、「何でアシのつくようなことをするんだ。そんなバカみたいなことやって」と注意したそうだ。
さて、洋上取引は、当初、１１月中にもできるはずだったが、それが不可能になり、年内にやる予定に延びたが、それもできそうもない。劉が、「１回、廈門に来てくれ」と佐々木に連絡する。そこで、佐々木は、１２月２６日から２８日にかけて、成田から上海経由で廈門に行き、劉と会う。「年内にできない。来年になると思う。１月１５日ごろでしょう」と伝えた。
弁護人 このとき、あなたの報酬が話題になったのか。
佐々木 もっともらえないかといいました。
弁護人 どうして。
佐々木 半分、高山にやる。あと１０００万ほしかった。劉は、「いま、そんなこといわないでくれ。考えておく」といいました。
弁護人 この席で、売買価格は決まったか。
佐々木 劉の希望は、こちらが経費を持つ場合、キロ１６０万で村田にお願いしてほしいといいました。
弁護人 １６０万で決まらない場合、値段を下げてもいいという話は。
佐々木 ありません。また、連絡してくださいと。
覚せい剤の買い取り価格について、山口も次のように供述している。今回の密輸事件で、最初に値段の話をしたのは９９年の５月か６月ごろだった。佐々木から売る値段は１キロ２００万ぐらいで何とかしてくれといわれたが、２００万ではもうけも何も出ない。２００万じゃ引き取れないといったところ、佐々木は、「中国と相談してみるから」といった。その後、１９０万になり、１８０万になり、１７０万まで落ちた。
後に、事件が発覚したころ、日本国内の相場は、１キロ単位の売買が１８０万から１９０万円ぐらい、１０キロ単位が１６０万から１７０万円だったという。その場合、山口が１７０万円で転売できたとしても、買い取り価格が１６０万では、２０００万円しかもうけが出ない。６０００万ぐらいもうけたかったので、それではあわないと考えた。
ともあれ、価格交渉は別にして、洋上取引するときの合図は、瀬長が無線を使う方法を提案したが、言葉が通じないということで難しい。日本側の船は赤いランプを３つ縦につけ、中国側の船は白いランプを３つ横につけた上、接触したときは、日本の船はアサヒの缶ビールを３缶相手船に渡す。劉の中国側の船はタバコを渡す。さらに、日本の船は８の字を書いた紙を渡すことになった。
２０００年に入って、支度金を受け取った瀬長は、ワールドワンをドックに入れて整備を始める。また、１月５日、瀬長は、船に乗り組むフィリピン人を連れてくるため、フィリピンに向かう。瀬長のところでは、以前から人件費の安いフィリピン人船員を使っていたし、仕事が密輸なだけに、言葉が通じないほうがいいと考えた。
上原も、１０年以上前からマニラに家族がいる。「長いこと会っていないので、会いたい」と同行する。帰りには、フィリピン人船員を沖縄に引率していく予定だった。
１月７日、上原は、フィリピンから高山あてにファクスする。取引は一応１月１５日と予定されていたが、「とても無理、１月下旬まで延びそう」なので、高山を通じて中村のほうを説得してほしいという内容だった。これを聞いた中村は、「２、３日で帰るといっていたのに、前金を持ってフィリピンに逃げた」と腹を立てた。
１５日には実行できず、１９日、佐々木が山口に会ったところ、「沖縄のやつらは何をやっているんだ。信用できるのか」と、山口は不信感でいっぱいだった。佐々木も心配になり、「お金を送ったけど、連絡悪いし、船も出ないし、上原さんは信用できるのか。大丈夫ですか」などと高山に聞いた。高山は、「お金にはちょっとルーズだけど、人を裏切るような人間じゃない。お金を持ち逃げすることはないと思う」と保証した。
１月２２日から２５日にかけて、佐々木は中国に行く。廈門にも寄ったが、劉には会わなかった。佐々木が帰国した日、上原もフィリピンから沖縄に戻る。フィリピン船員を引き連れてくるはずだったが、予定した人数が集まらなかったり、空港で書類のトラがあって出発がおくれるというので、１人で帰ってきた。
上原は、「こんなに長くフィリピンにいて。私の立場も考えてくれ」と吉野から文句をいわれたが、「自分でできるならやるけれども、同じ立場」と答えた。ワールドワンの支度ができなければどうにもならないというのだ。
船員は、その後１週間から１０日後には全員が沖縄に到着した。また、ゴムボートも、瀬長のほかの持ち船のゴムボートを修理し、新しいエンジンを取り付けて、ワールドワンに積み込んだ。１月下旬までには、どうやら、船のほうの出港準備も整う。
２月１日、上原と岸本が陸揚げ予定地点の宮古島を下見した。那覇空港から偽名で飛行機に乗って宮古に行く。瀬長から、珊瑚礁の多い海岸だから、安全にゴムボートが入れるようなところで、車も入りやすいところと注文をつけられていた。島の海岸を見て回ったが、東海岸がいいと考えた。
というのも、フィリピンから沖縄本島まで行く途中にあり、レーダーに映りにくい、人があまり住んでいない、断崖絶壁が多く、砂浜、入江が少ない。ほかの場所はビーチがあり、人家が密集して、レーダーに映る。東海岸の城辺町にある漁港の防波堤付近で陸揚げすることにした。
その翌日、上原は岸本と一緒に瀬長の事務所にいって報告した。「いいところを見つけました」と、宮古島の観光地図を使って示す。「よかったな」と、瀬長は満足そうだった。瀬長は陸揚げのリハーサルをしなければいけないともつけ加えたが、リハーサルは行われなかった。
残る問題は、だれがワールドワンに乗っていくかということだ。フィリピン人船員に洋上取引を任せるわけにはいかない。「信用できるのは岸本さんだから」と、瀬長は岸本を指名する。そこで、２月４日、岸本は船員手帳を取りに沖縄総合事務所海事課に行き、船員手帳を入手した。
これで準備万端整った。あとは出港である。
（２００１年１１月２８日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
沖縄覚せい剤大量密輸事件（中）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など