佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
沖縄覚せい剤大量密輸事件（中）
２月のはじめまでには、洋上取引の接触場所、陸揚げの場所、船の準備、すべて整った。いよいよワールドワン号の出港である。出港が目前に迫った２月９日、「パパのほうで、沖縄の上原との連絡をやってほしい」と、山口から佐々木に申し入れる。
前述のように、山口の配下で、沖縄との連絡役である吉野と上原との連絡がスムーズにいかない。このままでは、両者が喧嘩になり、取引がうまくいかないおそれが出てきたからだという。佐々木は了解し、自分が上原との連絡役を務めることになる。
弁護人 あなたの調書では、上原と中村の仲が悪くなり、この話が中断になれば、約束の報酬もらえないとなっているが。
佐々木 もちろん、それもそうだし、高山さんの立て替えたお金もパアになっちゃうから。
２月１０日、佐々木は池袋の喫茶店で高山と会い、中村と連絡役を交代したので上原を紹介してほしいと依頼する。早速、高山は上原に電話する。
「これからは中村の上役で、貿易の仕事にも詳しい人にかわる」といって、佐々木と電話をかわった。「上原と会ったことない。自分のほんとうの名前を簡単にいうより、その場で考えて」、佐々木はカツヨシと名乗った。この日、佐々木は山口にも会い、上原と連絡がとれたことを告げると、「それはよかった」と山口は喜んだ。
一方、１０日の午後６時ごろ、ようやく、ワールドワンが沖縄の糸満港からフィリピンに向けて出港した。船には、フィリピン人の船長ら５人と岸本が乗り組んだ。上原はその出港を見送った。
翌１１日、佐々木は上原に電話する。
弁護人 上原と山口との間で決まっていた（覚せい剤の）量、（洋上取引の）場所などについて確認したのか。
佐々木 そうです。
弁護人 瀬どりポイント（洋上取引の接触地点）について、北緯何度と数字をあげて確認したか。
佐々木 山口から聞いたとおり確認した。上原は、「ああ、そのとおり」と確認しました。
弁護人 上原と新たに話したことは。
佐々木 上原が、（中村と違って）「私とは話しやすい」という話でした。
洋上取引の日にちは、５日から１週間前に劉に伝えれば、劉側の準備は可能であった。１５日、上原から佐々木に連絡が入り、取引の予定日は２月２２日とされた。ワールドワンは、１６日、マニラに入港する。この日、上原と瀬長は、空路マニラに到着した。
ワールドワンが空船で沖縄に帰るのはまずいと、カモフラージュ用の積み荷を買うことにした。そのための費用がほしいと高山を通じて要求し、１５０万円が送金された。高山は、支度金として出した３５０万円を、２月１０日ごろ、佐々木に返してもらった。そのうちから、１５０万円を送金したのである。このうち、約１００万円は瀬長が受け取り、残りは上原がとった。
積み荷として、黒檀を買いつけようとした。黒檀は沖縄で蛇皮線に使う木材だ。しかし、前金を払ってから引き渡すまでに１カ月かかるというので、すぐに買い入れるのは難しい。やはり、沖縄で古くから食用としている海藻のウミブドウは買いつけた。５トンでも１０トンもでもほしかったが、４００キロ程度しか入手できなかった。それを２８個の木箱に詰める。
これでは空船同然なので、何か尋ねられたら、船をフィリピン船籍にするためのテスト航海と虚偽の理由をいうことにした。
その後、佐々木は、「早く出港しろ」と催促の電話を入れる。上原は、「予定どおり出港する」と、約束の２２日には到着するような返事をした。ところが、船の出港許可がおりないなどの理由で、船はなかなかマニラを出港できない。「相手の船は、すでに（取引場所に）向かっているから、絶対に日にちを変えられない。金を払ってでも、出港できるように手を打ってくれ」と、佐々木はあせったようすで電話を入れる。
ようやく、上原、瀬長が見送る中、ワールドワンがマニラを出港したのは、洋上取引予定日の２２日であった。
２月２３日、上原と瀬長は沖縄に戻る。上原は、「１日ぐらいおくれる」と佐々木に伝えたが、その後、低気圧で天候が荒れ、船はさらにおくれる。洋上取引の段階になって、佐々木と連絡する劉側の者は、劉からその配下の者にかわった。佐々木が彼の連絡を聞いて、上原に電話する。「相手の船は荒れた海で待ちくたびれている。もう海に捨てて帰るといっている」とせっぱ詰まったようすだ。
しかし、２４日午後６時過ぎ、瀬長がワールドワンに連絡したところ、「午後１０時ごろ合流する予定」と、岸本から返事があった。ようやく、洋上でドッキングできるかと思われたが、午後１０時過ぎ、佐々木から上原に電話があった。「相手の船が見つからない」と、中国側の船がいっているというのだ。
２５日になっても、依然として２隻の船は出会わない。佐々木は、「もう一度、船主に緯度、軽度を確認してほしい」と上原に依頼する。そこで、２５日の夕方、上原は瀬長の事務所に行って再確認した。
すると、中国側に間違ったドッキング地点が伝えられていたことが判明した。正確には北緯２１度１５分、東経１２２度だったのだが、北緯を１度間違えて、北緯２２度１５分と教えていたのだ。結局、上原の要請で、「２１度１５分に来てほしい」と、佐々木は中国側に申し入れた。
中国側がその地点まで行ったが、そこでも会えない。中国側が怒った。佐々木は、「なぜ、見えないのか」と上原に尋ねる。上原は、「こちらの船は、灯台のある島（ヤミ島）のところにいる。そこが静かだ。そこまで来てほしい」と求めたが、中国側は「行かない」と断り、ワールドワンが出向くことになった。
このように、両船は海上を右往左往したが、午後１１時前には出会うことができた。東経１２１度５７分、北緯２１度７分、フィリピンのヤミ島の東方約１３００メートルの地点であった。かねて約束どおりの合図をしたかどうかは定かではない。事前の計画では、ワールドワンからゴムボートに乗って、相手船に行き、覚せい剤を積み込むことにしていた。
たった１人で担当する岸本は、天気がよくて、相手の船のようすがわかれば、ゴムボートを出してもいいが、相手の身元もわからず、銃撃されるかもしれない。自分の身にも危険があるから、船と船を近づけて受け取るつもりだった。
ゴムボートは、船外機のついた米軍用の４、5 人乗りのがっしりしたものであったが、結局、ゴムボートは使わず、直接両方の船を接舷させた。すると、船籍不詳だが、台湾船らしい相手船から覚せい剤の入った袋２０個を投げ入れてきた。それを受け取ると、ワールドワンに戻った岸本が１個ずつ重さをはかり、瀬長に伝える。さらに、ビニール袋に入れ、ひもで縛り、合図に使った赤い電球などを海に捨てる。
一方、これより前、２３日、沖縄に戻った上原は、自分の担当である陸揚げの準備を開始した。上原は運転免許を持っていたが、左目が悪くほとんど見えない。そのため、車の運転は３年ぐらい前からやめていた。宮古島での陸揚げに際しては、岸本が車の運転などをする計画だったが、岸本がワールドワンに乗ったので、運転手と車を手配する必要が生じた。
２月２４日、母方の従兄弟である佐藤一郎（６５歳）に、陸揚げ予定地である宮古島への同行を頼むことにした。佐藤は沖縄県浦添市内で姉と２人で飲食業をしている。沖縄に帰ると、上原は１人暮らしの佐藤の家に入り浸りで、兄弟同然の仲だった。
上原は、「モズクの取引を宮古でやるので、車を貸してくれ、運転もしてほしい」と頼む。佐藤の車は３００キロぐらいの荷物を積める軽自動車のワンボックスカーだ。佐藤は了承し、翌２５日、フェリーで車を宮古島に送る。宮古島での陸揚げのため、車を運ぶカーフェリー代、上原と佐藤の飛行機代、宿泊代などが必要になる。そこで、上原は高山に連絡し、２０万円を振り込んでもらう。
洋上取引が終了後の２月２６日夕方、上原と佐藤の２人は、那覇から飛行機で宮古島に行く。すでに、車はフェリーで宮古島の平良港に到着していた。その晩はホテルに泊まる。上原は、「岸本さんがゴムボートで荷物を運んでくるから、陸揚げしてほしい。佐藤の兄貴しか頼る人がいない。何もいわずに手伝ってくれ」と、モズクの取引ではなく、密輸であることを打ち明け、佐藤の協力を求めた。
２月２７日午前６時ごろ、覚せい剤を積んだワールドワンは、八重山列島の波照間島近海を通り、日本領海に入る。宮古島まで北東に約１８０キロの距離だ。宮古島にいる２人は、ホテルを出て、午前中、島内のドイツ文化村などの観光地を見て回った。
また、陸揚げのため、海岸で待つ間、釣りをしているふりをするため、釣り道具屋で釣り道具も買った。陸揚げする海岸も下見をし、「ここに岸本さんが来る」と上原は佐藤に教える。その後、この日の宿泊先である陸揚げする海岸の近くにある民宿に行く。昼ごろには到着し、待機に入った。
瀬長は、当初、宮古島に来る予定はなかった。しかし、報酬の残金を確実に手に入れるため、この日の夜、那覇から宮古空港に到着し、２人は出迎えた。覚せい剤の袋の中身は見えないだろうが、さらに安全のため、袋を梱包するものを買うため、３人はスーパーに寄る。
覚せい剤は１０キロずつ小分けして２０袋あるという岸本の報告だった。段ボール箱も考えたが、店内の建築材料のコーナーにちょうど適当な土のう袋があり、予備も考えて４０枚買った。
土のう袋を買った後、再度、陸揚げ場所を見に行く。初めて見た瀬長は、「なかなかいい場所。よく見つけた」と感心する。釣りするつもりだったが、風が強くてやめた。海岸が真っ暗な上、岸本と光で合図するためにも必要なので、懐中電灯を２つ持っていたが、１つは電球が切れていて使えず、１０分か１５分で民宿に戻った。
民宿の主人に大きな懐中電灯を貸してもらう。ワールドワンが何時に来るかわからず、テレビを見たり、仮眠しながら待機する。
夜１１時過ぎ、「そろそろだ」という瀬長の声で、３人は民宿を出て陸揚げする海岸に向かう。雨が降って風も強い。佐藤は自分の車に残り、瀬長は懐中電灯を持って、２００メートルほど離れた堤防の突端のほうに行き、上原は海岸の土手の２メートルぐらい下の波打ち際のほうに行って、釣りをしているふりをする。
１時間ほどして、遠くに船の明かりが見えた。マストの電気の明かりのようだ。ここはそんなに頻繁に船が通るコースではない。
ワールドワンが近づいてから、瀬長は懐中電灯で海上方向を照らしながら、携帯電話で岸本と話しているようだ。瀬長はワールドワンにいる岸本とは、イリジウムの携帯電話で連絡をとり、船が近づいて普通の携帯電話で通話できる範囲になったとき、かねて渡してあった携帯電話で連絡をとった。暗くても、海の上でも簡単に通話できるように、お互いの電話番号をメモリ登録しておいた。
１２時を回り、２月２８日午前２時３０分ごろ、ようやく、岸本の乗ったゴムボートがやってきた。上原のいる波打ち際から数十メートル先まで来たとき、岸本が懐中電灯で合図をしたので、上原も懐中電灯で合図を送る。
岸本はゴムボートからおりて、海中を引っ張ってきた。上原が手伝おうと膝の上まで水につかりながら歩み寄り、「近くにくるまで、全然気がつかなかった。大変だったな」と声をかけた。「海が荒れてる」と岸本は答えた。
早速、２人は陸揚げ作業を開始する。２人とも小柄だが、岸本がゴムボートから覚せい剤の袋をおろし、波打ち際から土手の上にあげる。それを上原が車まで運ぶ。「車の中に乗せてくれ」と上原にいわれ、佐藤が自分の車に２０袋を積み込む。瀬長は堤防の上で周囲を見張っていた。
陸揚げは１０分もかからなかった。その後、岸本は船に戻ることになるが、ゴムボートがなかなか動かない。スクリューにロープがからんでいた。ようやく、ゴムボートは沖で待つワールドワンに向かった。３０分ぐらいかかって到着した。
車は民宿に戻る。民宿の経営者は夜中は不在だ。袋をおろして、民宿の応接間に入れ、濡れていたので水をふいてから、買っておいた土のう袋を二重にして１個ずつ入れる。この仕事を終えて、ようやく午前４時ごろ寝た。
夜が明けてから、上原は、「２０個で、ちゃんと受け取りました」と佐々木に連絡した。「よかった。おけがはありませんか」と、佐々木はねぎらいの言葉をかけた。
あとは、上原が沖縄本島から東京まで運ぶだけである。しかし、報酬をめぐって、ひと悶着が起きる。２月２５日深夜、洋上取引が成功した後、２６日、上原から伝えられた瀬長の支払い要求が佐々木にとって厳しいものだった。宮古島の海岸にあげれば自分の仕事は終わりだから、報酬の残金をすぐに支払えと、瀬長が強硬に要求する。その額は２２００万円だった。
弁護人 あなたの理解では、船主や上原への金の支払いは。
佐々木 荷物を東京に持ってきて、山口がその１日後に準備して、上原に渡すという約束だと、山口から聞きました。
弁護人 ２月１１日、上原と電話で話したとき、報酬をいつ払うかの話は。
佐々木 上原と山口の約束の確認でした。
弁護人 そのさい、３５０万以外の残りの支払いは。
佐々木 東京へ持ってきて、山口に荷物を渡してから、上原が一泊して、翌日、渡す。そして、上原は帰る。上原は「間違いない」といいました。
弁護人 ２月２６日の上原の要求は予想できなかった。
佐々木 全然考えていません。
弁護人 上原はその理由を説明したか。東京に荷物が着く前に、なぜ、お金がほしいかと。
佐々木 船主が、払わないと荷物を渡さないぞといった。上原に「確認したときの話と全然違う」といった。上原は「船主がそういっている」といいました。
２７日夜、陸揚げ前、佐々木は民宿にいた上原に電話する。「報酬は東京で払いたい」。しかし、上原は、「陸揚げの際に払わなければ、オーナー（船主）が海に捨てるといっている」といった。瀬長も上原と電話をかわり、佐々木に残りの報酬の支払いを強く求めた。
弁護人 船主に対して、「約束と違う。いま、金払えない」とあなたがいったら、船主は何といったか。
佐々木 自分のほうも約束が違う。そんなこと、自分も聞いていないといいました。
弁護人 船主との電話で、あなたはいくら払うと約束したのか。
佐々木 「いま、すぐ、お金がない」といったが、「とりあえず、あした、１０００万払いなさい」といった。あてがないので困りました。
瀬長への報酬残金は分割して払うことになり、２６日から２７日にかけて、佐々木は金策に迫られた。「１０００万円必要なので、１０００万をどこか借りるところはないか」と高山に頼む。しかし、高山も「１０００万は私の力ではどうにもならない」と断った。
山口にも、「お金をつくらないと捨てられちゃう。何とかならないか」と執拗に頼み込む。しかし、山口は、「用立てる義理はない。おれがやめろといったのに、勝手にやって、自分たちでつくればいいだろう」と拒絶する。
弁護人 ２人とも、用立てることはできない。
佐々木 はい。
弁護人 あなたはどうしたのか。
佐々木 私は苦しかった。お金を払わないと、お礼ももらえず、高山さんの立て替えたお金も返ってこない。もし、上原が荷物を渡さない場合、劉に仕返しされると思った。家内に頼んだ。
弁護人 奥さんには、いくらお金が足りないと。
佐々木 １５００万ぐらいほしいといいました。
弁護人 奥さんにせびるのは、今回が初めてか。
佐々木 １週間ぐらいですぐ返せるから、一時的に立て替えてと。使途は聞かないでほしいといいました。
弁護人 なぜ、ほんとうのことをいわなかったのか。
佐々木 家内は不正が嫌い。怖くてそんなことはいえません。
弁護人 奥さんは納得したのか。
佐々木 とにかく、あっちこっちからお金を借りて、自分のできる範囲でやってくれました。
２月２７日の夜、食事が終わったころ、佐々木は、「１５００万円貸してほしい」と妻に頼む。その理由を尋ねられたが、「とにかく、貸してほしい。仕事に使う」と佐々木はいうだけ。妻は非常にせっぱ詰まっているように感じた。
９９年ごろから、佐々木は、「お金がない」としきりにいっていた。投資したお金でも返ってこないのかなと想像した。たまに、「ちょっと貸して」といわれたこともあるが、さほど真剣ないい方ではなく、「ない」というと、それで済んだ。しかし、今度は少し違うようだ。「これは出さなければいけない」と思った。
翌日、老後の蓄えとして１２００万円ぐらいあったが、それと３００万円を借金して、合計１５００万円を渡した。佐々木は、「助かった。すぐに返す」と感謝し、妻はお金を渡せたのでほっとしたという。
弁護人 奥さんからお金を受け取ったときの気持ちは。
佐々木 とても申しわけない気持ちだった。とても心苦しいです。
２８日、佐藤は店の仕事があるので、那覇に戻ることになった。「入金される１０００万を引き出して、瀬長の弟に渡してほしい」と上原から頼まれる。佐藤が那覇に着いたのはお昼過ぎだった。瀬長の弟に電話すると、彼が那覇空港に迎えにきた。
その後、彼の車で佐藤の家に寄り、通帳と印鑑を持って銀行に行く。ところが、入金がない。「入金がないから、あしたにしよう」と佐藤がいうと、「まだ時間がある。ちょっと待っとこう」と彼がいい、喫茶店で時間をつぶし、再度、銀行に向かった。午後３時半ごろだったが、１０００万の入金があった。佐藤は全額を引き出して、彼に渡す。
弁護人 向こうから、残りは、いつ、いくら払えといわれたか。
佐々木 あと５００万しかできない。翌日、５００万を振り込んでくださいといわれました。
弁護人 あなたの報酬は２０００万。
佐々木 そう。
弁護人 欲張って１０００万上乗せしようとしたが、劉はオーケーしない。２０００万の報酬のために、１５００万を払うことについて、バランスを考えてこれでいいのかとは思わなかったか。
佐々木 １５００万は一時的な立て替えで、返ってくると思っていました。
検察官 奥さんに用立ててもらった１５００万をどうやって回収するのか。
佐々木 荷物を山口がうけて、劉から人を寄越して、その代金を集金する。そのとき、２０００万円の報酬と立て替え分を先に取っちゃう。
検察官 だれから。
佐々木 集金に来た人から取ります。
２９日の朝、佐藤のところに、上原から電話が入った。店の仕事が終わったら、「また、宮古に車を取りにきてくれ。兄さんには迷惑をかけないから」という話だ。佐藤は、上原が車を船で那覇に送ってくれると思っていた。事件にこれ以上巻き込まれるのは嫌だったので、すぐに了承しなかったが、「瀬長さんもそういっているから」などと頼み込まれ、この日、再び宮古島に向かった。
佐藤が民宿に着いたのが昼過ぎ。すぐに、荷物を車に乗せ、民宿を出る。民宿から平良港に行く間、上原と瀬長は、「もし、捕まっても、中身はしらないといえば、それでいい。しらなければ大丈夫だ」などと冗談まじりに語っていた。
平良港で貨物船に積み込む手続をする。佐藤は荷物の中身を芋澱粉とマジックで書き、袋にそれぞれ１から２０までの通し番号も書いた。上原は、「ようやく、那覇に行くことになった」と佐々木に連絡を入れる。
３人は、その後、宮古空港から飛行機で那覇に帰った。空港には、瀬長の弟が出迎えていた。４人で銀行に行く。今度も佐藤の口座に５００万円が振り込まれていた。佐藤が引き出し、瀬長に５００万円を渡す。
この日、ワールドワンが沖縄に帰港する。下船した岸本は、「陸揚げ場所はいいところを見つけたね。宿もよかった。ご苦労さん」などと瀬長からほめられ、１５０万円を渡された。
翌３月１日、上原と佐藤は、那覇港に車を取りにいく。受け取った車で、那覇市内の佐藤の家に行き、部屋の中に覚せい剤２０袋を運び込んだ。次は、東京までカーフェリーで運ぶ計画だ。なるべく早く東京へ持っていきたいと思っていたが、フェリー会社に予約を入れると、３月５日出発の便しかあいていないという。そこで、３月５日、那覇新港を出港し、３月７日、東京の有明埠頭に着く便で、上原と佐藤が乗り込んで、佐藤の車で持っていくことになった。
上原は、「品物が沖縄についた。無事に保管している。３月５日に出発し、７日に東京に着く。オーナーが報酬の残金を要求している」などと佐々木に伝えた。佐々木は５日の出港までに残金を支払う約束をし、「東京に来たら、上原さんの顔をしっているのは、中村だけだから、中村が迎えに行く」と答えた。
３月２日、佐々木から報酬残金の工面を相談された高山が、友人から借りて３００万円を振り込む。
ところが、この日、警視庁と沖縄県警は合同で佐藤の家を家宅捜索し、覚せい剤を押収し、上原と佐藤を逮捕する。新聞報道によると、
「かねてから、山口を内定していた警察が踏み込む」とか「警視庁は９８年ごろから、佐々木、高山らによる覚せい剤密輸の情報を得て、内偵捜査を続けていたが、ことし２月下旬に沖縄での密輸の情報を入手」した結果とも「台湾の捜査当局から警察庁経由で、佐々木が９８年に台湾で覚せい剤を密輸しようとしたとの情報があり、警視庁で佐々木らを１年以上監視していた」成果だという。
押収したとき、覚せい剤は約１０キロずつ２０袋になっていたが、さらに、それぞれの袋の中には、１００４・９グラムから１００８・８グラムまでに小分けされた袋、合計２００袋が入っていた。覚せい剤の総重量は２０１・４２３４キロであった。
佐々木と高山も３月３日に逮捕される。その後、瀬長、岸本、山口、吉野が芋づる式に捕まる。もし、今回の密輸が成功すれば、あと１、２回洋上取引を行うことも考えられていた。「連中が、また、やるといっているから、おまえ、ひと財産つくれるよ」と高山が上原に告げたこともあった。しかし、失敗して、佐々木をはじめ、密輸一味の８人は裁きの場に立たされたのである。
弁護人 あなたは、当時、覚せい剤は悪いこととしっていた。密輸、大量所持は大変重い罪だと。
佐々木 覚せい剤の副作用は全然しらなかった。密輸はこんなに重い罪としらなかった。取調官から聞いて、びっくりしました。
弁護人 覚せい剤を扱ったら、死刑になる国もある。中国では覚せい剤で死刑になると報道されているが。
佐々木 中国に行ったことあるが、覚せい剤のことを聞いたことはない。新聞を読んでいない。
弁護人 いまは、覚せい剤が重い罪とわかっているか。
佐々木 深く反省しています。
弁護人 奥さんに対しては。
佐々木 私が逮捕されて１か月ぐらいで、妻はがんにかかった。大変申しわけない。私は生きているよりも死んだほうが楽と思います。
弁護人 密輸となると、奥さんの仕事とも関係ある。奥さんが首になるとは。
佐々木 心配しています。
弁護人 ２００キロの覚せい剤の密輸はきわめて重く、長い期間の懲役になる。あなたは、かつて台湾で無期が確定した。そのときの気持ちは、自分として正しいことをやってきた。
佐々木 台湾人の自由のために頑張ったから、別に恥ずかしいとは思っていない。今回は苦しいです。
弁護人 奥さんは、闘病中。あなたがすべきことは何かしっているか。
佐々木 もうどうしていいかわからない。ほんとうに死ぬよりつらい。
弁護人 いかに長い刑になっても、１日も早く出て、奥さんと一緒に暮らす。
佐々木 真人間になって、妻のもとに帰りたい。つらいことも頑張っています。
弁護人 今、何歳ですか。
佐々木 ７０です。
佐々木の妻は情状証人として証言した。
弁護人 あなたの体に異常。いつか。
妻 会社の健康診断で、首のところがはれている。すぐ、病院に行きなさいといわれ、いろいろ病院に行ったが、がんセンターに行って、がんとわかりました。
弁護人 どこに。
妻 首のところに悪性腫瘍ができていました。抗がん剤による治療を受けました。
弁護人 現在、どうですか。
妻 先生は、消滅したといっています。
弁護人 現在でも、治療、観察を受けている。将来も発生しないのか。
妻 治る確率は五分五分です。
弁護人 佐々木の裁判は、覚せい剤の密輸。会社はしっているか。
妻 はい。
弁護人 会社から何かいわれたか。
妻 特にいわれていません。
弁護人 通関業務をする会社の管理職として、会社の立場は。
妻 会社は非常に困っていると思います。配置転換させられました。
弁護人 現在、どんな思いで仕事をしているか。
この質問のとき、弁護人席の前の被告人席に座っていた佐々木は、「家内を苦しめないでください」と涙声でいう。妻ももちろん、涙で証言を続ける。
妻 会社に迷惑をかけないように、仕事ミスをしないように、首にならないように。働けるので、一生懸命働いています。
弁護人 傍聴は何回か。
妻 ３回です。
弁護人 被告の証言も聞いたか。
妻 はい。ふだん、家にいる佐々木からは想像できない。そんなことを長い間やっていたのが信じられません。
弁護人 あなたは事件についてどう考えているか。
妻 膨大な量の覚せい剤を日本に持ち込もうとした。もし、それが販売されたら、とんでもないことになりました。全然、手つかずでよかったと思います。
弁護人 あなたや佐々木の将来について、いま、どう考えているのか。
妻 私は一生懸命働いて、会社が勤めさせてくれれば、定年まで勤めて、佐々木にはまじめに刑に服してもらって、将来、また一緒に生活できるようになりたい。それ以外に将来の気持ちを持たないと生きていけない。
弁護人 裁判所にいいたいことはあるか。
妻 佐々木と将来、社会の片隅で一緒に暮らせるようにしていただきたいと思います。
０１年７月２４日、検察官が論告・求刑を行った。佐々木は劉から覚せい剤を買い受け、山口に転売する目的で大量の覚せい剤を密輸し、約３０００万円の利益を得ようとしたなどと論告し、無期懲役を求刑した。９月４日、弁護人が最終弁論を行う。佐々木は中国側の売主と日本側の買い主を結ぶ連絡役に過ぎず、深く反省している。有期で、できる限り短い刑期を求めた。
佐々木も最後に裁判所にいいたいこととして、次のような趣旨のメモを読み上げた。 「上申書。私は覚せい剤のことを十分に理解しないで、劉に頼まれ、山口と連絡をとり、事件を起こしました。妻、周りの人に多大な迷惑をかけました。責任が重大なことを自覚しています。取り調べ、裁判を通じて、覚せい剤の害悪をしり、２００キロは膨大な量で、大変な罪を犯しました。毎日、深く反省しています。私はどんな長い刑でも罪を償う決意です。
しかし、７０歳で残る人生は長くありません。妻が３０年、一生懸命働いてためた老後の蓄えを使いました。妻の病気は悪性で、いつ再発するかわかりません。私も８月７日、精密検査で脳梗塞とされ、病舎で治療を受けています。１日も早く、妻と生活し、支えていく責任があります。どうか、私に有期刑の判決をください。真人間としての再出発の機会を与えてください。必ず、妻と暮らしていける日を目標に生きていけるように頑張っていきます。
裁判長、裁判官殿 犯罪者 佐々木栄二」
０１月１０月１６日、判決の日である。佐々木はネズミ色のズボン、紺色のカーディガン、海老茶のシャツ。髪は薄くなったのを、七三にきちっとわけている。中肉中背で、顔はこぶりだ。奥さんが傍聴席の最後列に座っている。裁判長が読み上げた判決は、無期懲役、罰金８００万円、未決勾留日数中４２０日を算入というものだった。
佐々木は密輸を認めたが、営利目的所持を否認していた。この点については、起訴状どおり、密輸とともに営利目的所持も認められるとし、
「３０００万円の報酬目的の自己中心、利欲的動機に酌むべき事情はない。台湾人と見られる仕入れ先から国籍不詳の船舶を通して受け取るなど、国際的、組織的、計画的、量の多さからは高度の営利性があり、暴力団関係者が買い受け予定者だったという反社会的犯罪である。売主側と買い主側とを仲介し、東京側と沖縄側との連絡調整もした。まことに重要な主導的、中心的役割を果たした。
所持を否認するなど、真摯な反省にかける。反面、実際に利益はない。高齢、健康状態もよくない。しかし、事件の重大性、その役割からすると、刑の上限である無期懲役とした」などと量刑の理由を述べた。
傍聴席の妻は立ち尽くし、手錠をかけられ、腰縄で結ばれて退廷する佐々木の後ろ姿を見送った。その後、佐々木は控訴した。
ほかの被告だが、佐々木の判決を前に、高山は懲役１３年、罰金５００万円、上原は懲役１２年、罰金３００万円、岸本は懲役１１年、罰金３００万円、佐藤は懲役５年の判決が確定していた。瀬長は、上原証言など共犯の証言を真っ向から否定し、起訴事実を全面否認して東京地裁で審理中である。
（２００１年１１月２８日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
沖縄覚せい剤大量密輸事件（下）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など