佐久間 哲
ニッポンリポート
法廷編
覚せい剤密輸・関空事件（上）
２００１年４月１５日、大阪の関西国際空港で覚せい剤を日本に密輸しようとした男たちが、警視庁などに逮捕された。その後の一部報道で、「北朝鮮や中国などで覚せい剤を密造したと供述した」というくだりを読み、早速、かれらの法廷に駆けつけた。何といっても、ポイントは「北朝鮮」だ。
かれら５人の裁判は東京地方裁判所で分離して行われた。０１年６月２５日から始まり、０２年１１月６日、全員の一審裁判が終了した。かれらの供述はすべて一致しているわけではなく、自分の刑事責任を軽くしようというのか、不一致部分も多い。しかし、傍聴席で理解した範囲で、かれらの覚せい剤密輸・関空事件を報告する。
５人の被告のうち、唯一の日本人が大阪に住んでいる元暴力団員の黒木太郎（４１歳）だ。法廷に入ってきた黒木は、背が高く、短髪でがっしりした体格をしている。
中学を卒業後、家業の鉄工業で働き、その後、トラック運転手などをしていたが、覚せい剤などの前科が４犯あり、覚せい剤の前刑は、９７年１月、自己使用と営利目的所持で懲役３年、３０万円の罰金を受け、９９年９月、刑を終了した。
刑が終了するや、９９年１１月、黒木は再び覚せい剤の密売を始める。１００グラム２７万円で譲り受けて密売していた。そのころ、黒木は中国人女性の紹介で、ある台湾人と出会う。その男が、２人目の被告である陳（５６歳）だ。
白髪がややまじったふわっとした髪の陳は、台湾・高雄市で茶の販売をしている。妻と長男がいる。９１年２月、台湾で旅券の偽造で有罪判決を受け服役したことがあった。ごく普通の中年男に見えるが、饒舌である。
これから引用する法廷での供述は、検察官、弁護人、裁判官とのやりとりの主要な点である。
── これまで黒木と覚せい剤取引をしたことはないのか。
陳 ホテルで一度だけ紹介したことがあります。ある台湾人がこのホテルに泊まり、黒木さんに紹介しました。
── その人から、黒木は覚せい剤を買ったのか。
陳 買いました。買って、黒木さんは大阪に帰りましたが、次の日、「これはだめだ」といってきました。売った人は、去年の７月か８月に逮捕されました。その人の名前はしりません。メガネをかけていたので、メガネさんといっていました。４０歳ぐらいの人です。
黒木は、日本にいた陳から覚せい剤を仕入れるようになる。１００グラム２３万円というから、それまで日本人から仕入れたよりも１割は安い。最初は１００グラム単位の取引だったが、００年に入ると、１キロ２３０万で、キロ単位で購入するようになる。
陳のいうように、陳の紹介による取引は、東京・新宿や赤坂の一流ホテルで合計３回行われたこともあった。黒木が粗悪品だといって返品したのは、００年５月の取引だった。
そのようなトラブルもあったが、黒木が陳を経由して購入した覚せい剤は合計１０キロ以上にも及んだ。
── 陳から、覚せい剤を仕入れるとき、お金の払い方は。
黒木 銀行振込です。
── 手渡しもあったのか。
黒木 と思います。
── 覚せい剤代金は先払いか後払いか。
陳 後払いです。
２人の取引上の信頼関係はかなりのものだった。
００年６月、黒木が覚せい剤を仕入れようとしたが、「いま、品物がない」と陳からいわれ、取引は一時中断する。０１年１月、「こんどこそ仕入れられる」と陳がいうので、黒木は大阪から横浜までわざわざ出向いて陳と会ったが、購入できなかった。とにかく、陳の覚せい剤は非常に安い。黒木にとって重要な仕入れ先だった。
３月に入り、黒木が台湾・高雄に帰っていた陳に電話をかける。陳は日本語がうまくないが、片言なら理解できる。「３キロから５キロぐらいほしい」と黒木に頼み込む。
すると、３月２０日ごろ、「こんどは間違いない。品物が手に入る。一度、中国のアモイに来てサンプルを見てほしい」と、陳から黒木に連絡が入る。
４月７日、陳は飛行機で高雄から香港経由でアモイへ行く。機内には陳の同行者が２人いた。３人目と４人目の被告で、台湾人の林兄弟である。
林の兄（３６歳）のほうはがっしりした体格だが、弟（３４歳）のほうはやせている。２人ともメガネをかけている。
兄は高雄で工芸品販売を営み、妻と２人のこどもがいる。１０数年前、「覚せい剤を１回使用したことがある」。弟は宝石加工に携わるが、その後、無職。離婚した妻との間にこどもが１人いる。
以後、この２人の兄弟を林兄、林弟と呼ぶ。
２人が陳に同行するようになった経緯はこんなことだった。３月下旬、林兄は知人から陳を紹介される。陳は、覚せい剤１キロ２０万円から２５万円で日本に運ばないかと持ちかけた。
「日本の税関はボディチェックはやらない。覚せい剤を体に巻きつけていけば、絶対に大丈夫」「捕まっても軽い罪だから保釈もできる。過去にも、うまく運んだ。お茶の缶の中やお菓子の箱の中に入れて運んだ。捕まらなかった」などと口説く。
林兄は１２０万台湾元（約３００万円）の借金で苦しんでいたので承諾する。
すると、陳は、「もう１人、運ぶ人がいる」という。林兄が陳から聞いた理由はこうだ。
人を使って密輸する方法は３つぐらいある。１つは、お茶やお菓子の缶に入れると、１人で２キロから３キロ運べる。２つ目は、旅行カバンに入れる方法。３番目は、人間の背中にくっつけるやり方で、これだと１人せいぜい１キロというのだ。このとき、陳がどのような密輸方法を考えていたのかは不明だが、とにかく、もう１人必要だというのである。
そこで、林兄は、やはり、２００万台湾元（約７００万円）の借金があった弟を誘い入れた。
── 運び屋１人の体につけて密輸できる量は、大体、いくらと認識していたか。
陳 ２キロから２・５キロじゃないかと思います。
法廷でこのように供述したが、ともあれ、林兄弟は覚せい剤の運び屋として雇われ、アモイに来る前、陳からの指示で、日本へのビザをとり、アモイにはガムテープなども持っていった。
アモイで、陳はアチンという台湾人の知人と会った。アチンは広州に住んでいるそうだが、この年の正月ごろ、「日本で覚せい剤を買う人を探してくれ」とアチンから頼まれたことがあったので、接触したのである。陳はアチンと覚せい剤の仕入れの話をし、「今回、成功したら、次は５０キロを冷凍コンテナに入れて運びたい」などと話していた。
４月１０日午後１時３０分ごろ、黒木が関西国際空港から飛行機でアモイに到着した。
早速、陳の知人のマンションで、覚せい剤の品定めをする。サンプルは１種類だったが、黒木はテイスティング（品質チェック）をした後、「フルーティな香りで、アルコールのにおいもしている。これは粗悪品だからいらない」と気に入らなかった。
── 黒木との間で、お金が少ないといいあいになったことは。
陳 彼は５０万円しか持ってきませんでした。ほんとうに品物を買うのなら、５０万じゃ足りないといいました。
── その後、あなたの台湾の口座に５０万円が入ったのか。
陳 はい。
事前に、陳は、「１００万円から１５０万円を持ってきてほしい」と黒木に伝えていた。ところが、黒木は５０万円しか持ってこない。そこで、陳が怒ったわけだ。中国での覚せい剤仕入れは代金後払いというわけにはいかない。しかも、「３キロから５キロほしい」というのならば、それなりの金額を用意しないと取引ができない。
そこで、黒木は、日本にいる知人の中国人女性に頼み、５０万円を送金してもらうことにする。その女性は、日本にある地下銀行を通じて、台湾にある陳の妻名義の口座に５０万円を送った。数日後、その金は、さらに台湾から中国に送られる。
サンプルは粗悪品、金も十分ない。その上、陳のいうことには、「アモイの仕入れ先の人物から、５キロ程度では取引できないといわれた」。
そこで、アチンから中国・広州に行けば手に入るといわれ、広州に移動することになった。
その日、陳、黒木、林兄弟、それに、２年ほど前に一緒になった黒木の中国人の妻（２７歳）の５人は、飛行機で広州の白雲空港に向けてアモイを飛び立つ。黒木の妻は、お産のため、実家のある中国・南京に帰省していたが、黒木が来るので合流したのだ。
林兄弟は広州の空港で別れるが、あとの３人は、フーメン（虎門）に向かう。フーメンは、広州と香港の中間ぐらいにある都市だ。そこにあるホテルにチェックインする。
── ホテルについて、あなたは何をしたか。
陳 アチンが事前にフーメンにいるアチンの友人の電話番号を教えてくれたので、そこに電話して、彼の来るのを待っていました。
── 彼は、４月１０日の夜に来たのか。
陳 はい。
── 彼の用事は。
陳 アチンの紹介で、覚せい剤のサンプルを持ってきました。
── 黒木の調書では、４月１０日夜９時か１０時ごろ、あなたの部屋に呼ばれて、テイスティングしたとあるが。
陳 そうです。私の向かい側の部屋に泊まっていた黒木さんを呼んで、テイスティングさせました。
── 黒木は、テイスティングをして、何といったか。
陳 私の日本語が十分ではなく、よく理解できないが、黒木さんはあまり気に入らなかったみたいです。相手は、１、２種類の品物を持ってきていましたが。
── 黒木の調書では、あなたが黒木に、「５キロあるので、全部引き取ってくれ」といったというが、事実か。
陳 いいえ。
サンプルを持ってきた男はアミンというそうだが、２回目のテイスティングでも、黒木の買いたい覚せい剤はなかった。
── ４月１２日のこと。黒木は、あなたに、「次のテイスティングは、どうなっている」と質問しなかったか。
陳 「友人がまたサンプルを持ってくる」と黒木さんにいいました。
黒木は焦っていたのだろうか。すでに、アモイから関西国際空港までの帰りの便を予約していた。それは１３日の便だった。１２日の昼食後、１３日の広州・白雲空港からアモイまでのチケットを購入していた。
この日、５人目の被告である台湾人の朱（５７歳）がホテルにやってきた。体は細身だが、声は太い。台湾・台北に家があり、仕事は洋服販売業。００年暮れごろから日本と台湾を行き来し、日本での住所は不定で、横浜の黄金町、東京の新宿、蒲田など、「日本に来るたびに、台湾の友人のところを転々として泊まっていた」。陳とは１０年以上前からのしりあいだ。朱も覚せい剤を買いたいと話に乗ってきたのである。逮捕後、東京・蒲田の朱の住んでいたというマンションの部屋を捜索したところ、電子はかりやほかの薬物が出てきた。
さて、買い主の黒木、朱がそろったところで、４月１２日の夜、アミンが友人と一緒に３種類のサンプルを持ってきた。
── サンプルだが、具体的にはどういうものか。
陳 透明の小さいビニール袋に入っていました。それが３つです。白い結晶が入っていました。
── サンプルについて、黒木、朱が品質を確認したのか。
陳 はい。
── どこでしたのか、品質確認は。
陳 ホテルの５０９（陳の泊まっていた部屋）の中です。
── 黒木と朱がする際、あなたもその場所にいたのか。
陳 いました。
── どういう方法で品質確認をしたのか。
陳 アルミホイルを出して、その上にサンプルを置いて、ライターで下からあぶり、煙の状態を見ます。
──テイスティングは、あぶって味を確認。色、結晶も調べるのか。
陳 あとは、鼻で煙を吸ってみることです。
── サンプルは３袋あった。中身は同じものか違うものか。
陳 違うもの。
── すべてについて、その方法で品質を確認したのか。
陳 そうです。
── ３袋の中で、気に入った覚せい剤があったか。
陳 ３袋の１つについて、少し気に入ったようですが、真っ白でなく、少し黄色みがかっていました。
── どれを買うかは決まらなかったのか。
陳 そうです。
── それで、どうなったか。
陳 アミンが、「１３日に、また、ほかのサンプルを持ってくる」といいました。
４月１３日早朝、黒木は、購入する覚せい剤が決まらないまま、「また、新しいサンプルがくるが、陳さんの基準で決めていい。ほかにいいサンプルがなかったら、もう、あれでいい」などと言い残して、フーメンを去る。
── アミンは、４月１３日にサンプルを持ってきたか。
陳 持ってきました。
── そのとき、黒木はホテルをたった後か。
陳 そうです。
── サンプルは１つだけか。
陳 ２つです。
── そのサンプルの品定めはだれがしたのか。
陳 私と朱です。
── サンプルを持ってきた場所は。
陳 私のホテルの部屋です。
── サンプルの品定めの方法は。
陳 前の日と同じ方法です。
── その結果、どう決まったのか。
陳 １２日のサンプル３種類のうちの、ちょっと黄色みがかったものと決まりました。
── 前の日のほうがいいと。
陳 そうです。
── どのくらいの量を買うことにしたのか。
陳 ４・５キロを買いました。
── ４・５キロに決まったのはどうしてか。
陳 気に入ったサンプルで、アミンが提供できるのは４・５キロだったからです。
ようやく覚せい剤を入手できた。陳にいわせると、テイスティングして買うと返品はできないし、仕入れに来ても、気に入った品物がなければ、手ぶらで帰ることもあるという。
（２００２年１１月１１日掲載、登場人物は仮名、著作権者・サクマ テツ）
覚せい剤密輸・関空事件（下）
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SAKUMA TETSU
フリーライター
著書［恐るべき証人］［検死解剖マニュアル］［拳銃天国ニッポン］など